第20話

最終の地下鉄にった蒼衣達は無言のまま、在原は蒼衣の手首を握っていた。もう逃さないという言葉を隠して、いや、その掴む手に乗せて。


地下鉄を降りた今は日付が変わって土曜日、0時43分。


降りてからは途中でコンビニに寄って、お酒を買い足した。


「っしゃいっせー…」


深夜のローテンションの店員が気怠げに声を出す。この時間に突き抜けて元気な店員もあまり見かけない。


立ち読みしている客の後ろを通り過ぎ、飲み物が陳列されている棚のところに2人はたった。


「そんなにいらないかな?でもビールは多少ほしいよね。」


「うん。」


言葉少なく返した蒼衣は、解放された離れた手首にホッとするような、寂しいような、そんな気持ちだった。


在原はそれでもビール数本と、缶チューハイを何本か、そして2リットルのお茶を1本、そしてつまめるものをとスナック菓子とお惣菜を2品をかごに入れてレジに向かった。


無機質な接客にどーもと日本人特有の挨拶をして、いわゆるマイバッグは持ち歩いてなかった2人は、有料のビニール袋を2枚購入しそれぞれ1つずつぶさらげながら、在原の家に向かった。


信号の代わりの歩道橋を歩きながら見上げた空は月がとても綺麗だった。


「あ、今日は満月か。キレイだな。」


歩みを止めて蒼衣が言った。


風がサーッと吹き抜けて、少し長い蒼衣の髪の毛を撫でた。


ほんのり秋の装いを感じる風だ。


「そうだね。」


一歩前にいた在原も足を止めて、蒼衣の横顔を見てから月を見上げた。


夜風に吹かれながら、大きな黄色い月を見る。街中まちなかからは少し離れている上に、今は深夜1時を回っているから明かりも少ない。ちらほらと見える星にも季節を感じる。


無言を避けていたはずが、今は心地いい、お互いにそう感じていた。


在原はその視線を蒼衣にうつすと、それに気づいたかのように蒼衣も在原をみた。


「ねぇ、蒼衣さん。」


「うん?」


「俺は、蒼衣さんが好き。勿論、恋愛って意味で。人としても、仕事をする上でもだけど。蒼衣さんが好きなんだ。って、家についてから言おうと思ったんだけど、なんか今の雰囲気で言いたくなっちゃった。」


誰も見たことがないような、蒼衣さえも見たことがない、それは穏やかな顔をして、在原は蒼衣に思いを伝えた。


車のクラクションが少し遠くで鳴っていたが、それも2人にはBGMで、邪魔をすることはなかった。


「…っ。」


目を見開いて驚き、言葉を返そうとしたが、うまく出てこない。


嬉しい、それさえも蒼衣の頭には語彙として浮かばない。


「ずっとアピールしててもなかなか気づいてもらえなかったし、どうしようかと思ってた。」


苦笑を浮かべた在原は、袋をぶら下げている手とは反対のあいてる手で頭を軽くかいて続けた。


無理に間を埋めようとするわけではなく。そして蒼衣に無理に言葉を紡がせようともしない。


独白と言うには違うが、それでも、在原は自分の気持ちを言葉に乗せることができたことで、本当に心は晴れやかになっている。


「気づかなかったかな?俺、結構人にはやらない距離感だったんだけど。手とか、本来触られたくないし、でも、なんでか蒼衣さんとは、触れたかったし、繋ぎたかった。あぁ、やっぱり俺は、蒼衣さんが好きなんだなって、あのとき思った。」


思い返せば手が冷たいから触ってみろと言ってきたことがあった。


あのときにはまだ、こんな感情に気づいていなかった。


「そんな、あれは、気づかなかった…けど…。」


「けど?」


言葉に続きがあると察し、在原が続きを促した。


「けど、あのとき、俺も俺なりに何かは感じてたんだ。気の所為せいだと思ったりもしたけど。」


あの時の衝撃は未だにフラッシュバックしていた。


何か熱いものを感じたあの感覚。


「うん、蒼衣さんしばらく彼女いないっていうし、恋愛センサーとか完全にオフになってるなって、しおりんとの距離感で思った。」


「俺は…。」


「蒼衣さんはさ、今俺のこと、どう思ってる?個人的に都合よく捉えてたんだけど。」


また、サーッと風が吹き抜けた。


「俺、、、俺も、在原君と同じ思いだよ。」


「その言い方は、よくわからないなぁ?」


ニヤッと表情まで意地悪な顔をしていた。


わかってるくせに。睨みたくなった。でもここで誤魔化せばまた同じことになる。


「その…、す、好き…です。。」


照れてしまって、蒼衣は下を向いた。


蒼衣は首筋も真っ赤になったいた。夜だし、外にいるから見えないだろう、と思うや否や。


「…!あ、りはら、くんっ!!」


「やっとだ。」


グイッと引っ張られ、感じたのは在原の体温。


思いっきり引き寄せられ、離さないとばかりに力を込めて在原に抱き締められた。


「蒼衣さん、本当に、好き。俺と付き合って。」


肩口に顔を埋めながら言う。


「在原君。俺で本当にいいの?男だし歳上過ぎるし、それに…」


「俺は蒼衣さんがいいの。他の誰でもなく。蒼衣さんだから好きになった。」


言葉を遮り、抱き締める力が更に強くなった。


蒼衣は年の差、性別、同じ会社の尚且つ同じチームだ、付き合うにも障害があると思っていた。


でも、自分の気持ちをそんな理由でどうこうできる状態ではない程に、本当は蒼衣の心からも、好きがあふれていた。


だから、蒼衣も在原の背中に手を回した。


「ありがとう。よろしくお願いします。」


「あれ?好きって言ってくれないの?」


「ばーか。」


甘ったるい空気に酔いしれていたところで、カンカンと歩道橋に登ってくる足跡に気づき、蒼衣はハッとして、在原の胸をグッと押した。


「ってか、人の往来だぞ?俺たち大丈夫か?」


「大丈夫でしょ。とりあえずうちに行きますか。はい。」


それはごく自然に差し出された手に、蒼衣もつられて手を伸ばした。


「誰も気にしてないさ。」


ご機嫌に言うや否や、蒼衣をリードするように歩く在原の背中に、ハートと音符が飛び交うようように見えた蒼衣だった。


ばーか、好きって何回も言えないっての。俺の心臓が持たない。


心でポソリと悪態をついて、在原についていった。手はしっかり握り返して。

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