第19話
22時50分、蒼衣と在原は、会社から徒歩圏内にある居酒屋に到着した。
席につくなり、とりあえずビールと枝豆とだし巻き卵を注文し、乾杯をした。
蒼衣は、先週末に諏訪にポツリと打ち明けたことで、本当に在原を好きだと実感をしてしまった。
不思議と声に出して、おまけに本人では無いが好きと人に言ってしまうと、心から震える程にひしひしと感じた。
なんで好きになったのか、それはわからない。
ただただ、自分と違いすぎる感覚だったから目で追ってしまっていたようだ。
目で追うようになった理由はと聞かれれば尚不明で、なんなら在原は、蒼衣としては人付き合いとしても好きにらないはずのタイプだった。
真逆過ぎて、本人の人となりを理解しようと思った結果、観察という名目から、自然と追うようになったのだろう。
あ、動いた。
おぉ、意外と笑う。
なんだ、話しきちんと聞いてるんじゃん。
近くにくるとデカいな。
眠そう。
あーららぁ、絶対今日やる気ない。
そんな些細なものが見えては微笑ましいなぁと見ていただけだったはずだ。
そもそも蒼衣の恋愛対象は女性で、在原もそうだったはず。
「やっといい感じになったね、一安心。」
「本当に申し訳ない。ご迷惑をおかけしました。」
「いや、そんな頭下げてほしいとかじゃないから!お陰で蒼衣さんときちんと話せる場ができたし。」
乾杯をしたビールジョッキの取っ手から手を離さずに頭を深々と下げて謝った蒼衣は、最後の一言にガバッと顔を上げた。
「本当にこんなに困らせることになるって思わなかった。俺も正直な所、蒼衣さんの本音を聞くのが怖くて逃げてたところはあるから。」
いつになく真剣な顔になった。
「おまたせしましたー!!だし巻き卵でーす!!あと、今日サービスで汁物お出ししてたのでよかったらお召し上がりくださーい!」
いつも元気な店員さんが、忙しさにも負けずにサービスの汁物まで出してくれた。
どうもつくづくこの手の話になると間が悪い。
いつもなら「やった、どーも!」と蒼衣が喜んで反応するはずだが、今日はフリーズしてしまった。
「あれ?もしかして間が悪かったです?仕切りちょっと下げておきますね。」
気が
リアクションもないから驚いたのだろうが、何かそこそこ大事な話なんだろうと、仕切といっても、
「ありがとう。」
にっこりと笑ってお礼を言ってくれた蒼衣に、ペコリと会釈をして店員さんは去っていった。
「…なんか、ちょっと…
場を誤魔化すように笑って在原をみやった。
「…そうだね。ま、とりあえず飲みますか。」
「うん、んじゃ改めて…」
「「お疲れー」」
半分くらいになっていたビールを、再度乾杯して飲み干した。
「クーッ!」
「蒼衣さんって本当に美味しそうにビール飲むよねぇ。」
素を出す蒼衣を見ながら、在原もビールを飲み干した。
「やっぱ仕事の後のビールは美味い!けど、今日は流石に回るなぁ。」
ご満悦の顔をして空のジョッキを眺める。
美味しく注がれたビールは、飲み跡がきれいに残るが、このジョッキはまさにそれがあり、より美味しく感じていた。
「程々にね、歩いて帰れる程度によろしく。」
「うん。とりあえずおかわりは頼もうぜ!」
「はいはい。」
追加注文もして、全部届くまではお互いに当たり障りなく話していた。
やれこのメニューが美味い、この動画が面白い、あのアイドルもとうとう卒業と。
当たり障りないとは、逆に言えば上っ面での話になる。そうすると起きるのは、微妙な沈黙だ。
そうなると、便利なのは職場の話だ。
そこで話を繋いで、追加メニューも全部揃っていいところ食べ終わる。
お互いになんとなく触れるべきかを探り探りになり、間ができないようにどうにか会話を紡いだが、やはり限界がある。
今、また再度の沈黙が起きた。
とりあえずビールを傾ける蒼衣。
なんとなく何かを摘んでみる在原。
1分程経過した。
「蒼衣さん。改めて、話戻そうと思うんだけど。」
「ん?」
真剣に言う在原に、蒼衣は腹を括った。
在原もきっと自分に好意的ではあるとわかってはいる。
ただ、確信に触れるのが、怖かった。
在原もそうだ。蒼衣が、在原の気持ちに気付いてるし、きっと好いてくれている。そう感じていたが、今の心地いい関係を壊すのが怖かった。
「蒼衣さんは、俺のこと、どう思ってる?」
「え?」
「いや、そうじゃない。きちんと言うね。」
しっかり蒼衣に向き合う。
蒼衣も
「こんな居酒屋で言うのもどうかと思うけど。」
一息、深呼吸をした。
「俺、蒼い…」
「恐れ入ります、只今のお時間でラストオーダーでーす。」
つくづく間が悪い。確かに時間は深夜0時を回った。終電も近づいている。
しかし、何度となく
「「……。」」
「「あははははっ!!」」
が、重なれば面白くもなる。目があった二人はいきなり笑いだして、オーダーを取りに来た店員も困惑してしまった。
「えーっと…」
「ごめんねー、んじゃ、ビール2つで!」
最後に1杯ずつと蒼衣が困った顔をした店員に謝りながら注文した。
「…なんだか、これが俺たちなのかねぇ。」
「うん、とりあえずこれ飲んだら出ようか。」
「そうだな。」
また得も言われぬ沈黙が起きたが、それはビールを飲んで、支払いを済ませるまで自然と流れたもののようだった。
「蒼衣さん、よかったらうちで飲み直さない?」
「っ…。」
とうとう腹をくくるときが来た。
「邪魔は入らない。」
先に店を出た在原が振り向き、蒼衣をみた。返事をするということは、蒼衣も逃げないと言うことを間接的に宣言することになる。
「…そうだな。…っと!」
意を決したはずの蒼衣が店の前の段差に軽く躓いた。
「危ない!意外と酔ってる?」
「あっ、あ、いや、うん、えっと…」
肝が冷えた。が、こういう時に実は素早い動きをする在原が蒼衣を、抱きとめた。
「大丈夫、多分酔っ払いを介抱してるようにしか見えてないから。」
そう言いながらも在原は蒼衣の手を掴み離さないまま歩き始めた。
動揺が止まらない。
手を離して、いや繋いでいてほしい。
違う。
違うんじゃない、嬉しい。
いや、本当に自惚れていいのか。
言葉を聞きたい。
整理できない感情が、程よく酔った脳を侵略してぐるぐるとかき回す。
在原という存在がこれ程に大きいものかと、脳の侵略者の現況を恨む。
恋愛なんてしばらくしていない。人を好きになる感覚すら忘れていた。
あぁ、やっぱりこの手をきちんと掴みたい。
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