第17話
「申し訳ありませんでした。」
週が開けて月曜日。
16時50分。
蒼衣は、在原とともに五十嵐の元にて、90度に折れ曲がるように頭を下げていた。
蒼衣は盛大にミスをしてしまったのだ。
それもちょうど、あの時に在原から共有された話で、ミスると大事になり兼ねないと言われていたものだった。
事前周知されて、本部に確認とって結果が出るまでのラグ分を各チーム毎にチェックしておくように言われていた。
蒼衣はそれを完全に見落としたのだった。
おまけに、この話をきちんと飲み込んでいなかったことで誤指示となった。
1つのクライアントに対して2つの事象が重なってしまった状態となり、納期が遅れることが確定、不具合解消報告を上げるまでにも時間がかかってしまった。
その結果、直接クライアントの元へ、在原、五十嵐とともに謝罪に行くこととなった。
蒼衣は、顔面蒼白で五十嵐のもとに謝罪に行こうとしたが、叱責については先方と話し合って、軌道修正が見えてからだと五十嵐は言い、まずはクライアントの元に行くぞと、優先順位を決めた。
帰社後、業務の進行を調整して、改めて蒼衣は在原とともに今後の方針とリスケジュール、改善等の報告と、何よりも謝罪をすべく、の今である。
他のチームにそこまでの影響は出なかったものの、社内でのミス事例として周知され、五十嵐にも思いっきり雷を落とされた。
「村上。お前最近仕事が雑だったよな。どうした?そんな仕事の仕方をする奴じゃないだろ?ミスもこんなかなり大きいものをやらかして。過去見ても無いだろ?」
「申し訳ありません。」
下げた頭を上げることができない。ぐうの音も出ない。勿論このミスは蒼衣が悪かった。
「もしも在原が共有してなかったとしたならば、お前は悪くなかっただろうが、きちんと話は通っていたし内容も確認していた。そもそも全体周知前には、サブリーダー以上に確認の指示も出していたわけだ。普段のお前なら、同じことが起きてるやらでおかしいことには気付けたはずだ。」
「はい。」
返す言葉もない。
「で、目処は?」
「一応。自分も蒼衣さんに完全に任せて最終確認をしなかったことも原因です。本当に申し訳ありませんでした。」
在原が顔を上げ、蒼衣の代わりに答えた。そして改めて在原も深く頭を下げた。
「いや、俺がっ!」
蒼衣は在原の言葉にガバっと頭を上げ、自分が悪いと言おうとした。
「在原も確かに怠ったことは事実。お前は村上に甘えすぎた。」
「はい。」
在原は、既に下げた頭をもとに戻し、返事をした。
「それと村上、お前はこういうときに言い訳もしないところは潔いいが、キチンと自分のケアもしろよ?」
五十嵐が深く椅子に座り直して、蒼衣の言葉を遮った。
「はい。本当にすみません。」
また頭を深々下げた。
「もういいから顔あげろ。」
今どき見方間違ったら俺がパワハラ上司だろとぼそっと言う姿に、ちょっと肩の力が抜けた。蒼衣は苦笑いを浮かべながら顔を上げた。
「最近はないと思ってたが、無理するなよ?ミスったあたりか少し前からお前オーバーワーク気味だったのは見て取れたし、様子もなんだかおかしかった気がしたんだが。」
ズバリ図星をさされた。
「五十嵐さんには敵わないですね。うまく調整がつかなくなってしまったのは事実なので。」
「在原にもまた忠告しておくか?まぁ目の前にして言うのも何だが。」
「え?また?」
「まぁまぁ、俺も悪かったし。」
在原は蒼衣の肩にポンポンと軽く手を置き何事もなかったかのように
一方の蒼衣は、寝耳に水とはこのことで、五十嵐が在原にオーバーワークさせないように注意したことを知らない。
しかしなんのことか答えをもらう前に在原がまぁまぁといつものペースで蒼衣を
「在原、まぁまぁ、じゃねぇよ。元はお前が甘え過ぎなんだからな。」
忠告をしてから、蒼衣にも付け加えた。
「そして村上は在原の世話を焼きすぎだ。少しほっとけ。すっかり女房じゃねぇか。」
女房…?奥さん…??
一瞬なにを言われたのか分からずポカンと数秒の間が空いた。
「いやっ、それはない!」
全力で否定したが、蒼衣の顔は真っ赤だ。そもそもの原因は在原に対しての気持ちに気づいてしまったからだ。
しかし五十嵐は蒼衣いじりが
「あ、お前もしかして、またお母さんみたいって言われて彼女に振られたろ?」
「違いますよ!!」
完全に脱線し始めた。
蒼衣がそのまた昔に「彼氏じゃなくお母さんみたい」と振られた話を、飲み会の席で笑いのネタとして話したことがあった。
事ある毎にお前彼女はいないのか、お母さんにならないでも付き合える女はいないのかと言われてきたが、まさか在原が横にいるタイミングでこのいじりが来ると、蒼衣もどうにか否定をするのが精一杯だ。
更に在原を見れなくなるじゃないか、五十嵐さんのバカ!と、盛大に心のなかで愚痴った。
「ほぉ?そうか?ま、とりあえず納期ずらしてもらえたんだから、それに対してはしっかりやりきれよ?今後は無いように、以上。」
五十嵐は一通りからかってから、最後にしっかり締めた。
「はい、本当に申し訳ありませんでした。」
蒼衣と在原は再度頭を下げ直し、席に戻る前に一旦在原の席の横でリスケジュールの内容を確認する為に立ち止まった。
「お母さんって振られたことあるの?」
スケジュールを再確認する前にいきなりこれをぶっこまれ、蒼衣は手を目に当てて少し天を仰いだ。
「そこは触れないでくれ。」
あぁ、と低い声が喉からはみ出しそうになる。
「普通に優しいし気づくのが人より早いだけじゃない?俺はその優しさに寄りかかってるけど。」
あっけらかんと蒼衣の特性を言いながら、ニッコリと目を合わせてきた。それをやりすぎるなと注意されたばかりのハズなのに、反省の色は全く見えない。
「…やめなさい。」
目があった瞬間、心臓が止まるかと思うくらい在原が眩しく映り、目を見開いた。
今それをするな!
と心の中で叫んだ。
一通りの報告と今後の方針が固まった蒼衣たちは改めて持ち場に戻った。
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