第14話

やっと目が合って、まともな会話が成立したかと思ったところで今度はばつが悪い顔をしながら、在原がまた視線をそらした。


「普通に一言、負担かかってるか聞いてくれれば良かったのに。」


わずかの恨み言を込めながらため息混じりに蒼衣がチラッと見やるように視線を送る。


「そうなのかもしれないけど、色々考えてしまったんだよね。」


在原はまだなんとなく煮えきらない顔だ。


「色々?」


「うん、色々。」


真意が見えないものの、空気は少し和らいだ。蒼衣も肩の力を抜いて話せるなと感じて、話し方が砕けた。


「そう?全部話す気にはならんやつ?俺、結構しんどかったよ?在原君と急に会話成立しないんだもん。って俺は彼女かよ。」


ビクッと、在原の肩が僅かに動き、目が見開かれた。


「ん?」


蒼衣は何故そんな反応になるのか純粋に疑問が湧いたからこその、ハテナマークだ。


「蒼衣さん、とりあえずもう一回だけ聞くけど、本当に負担じゃないの?」


「全然。俺どちらかというと楽してる気持ちだし。最近はうつになるかと思ったけど。」


素直に言う。本当に、こんなに在原と話が通じないことが辛いとは思わなかった。

勿論意思の疎通がうまく行かず苦慮した経験も1回や2回の話ではないが、ただ今回ばかりは特別苦しかった。


「楽なの?」


チラッと立っている蒼衣に目線を投げる。というよりも見つめた。


「え?うん。好き勝手やれるし、なんだかんだサポートしてくれるし。俺にとってはやりやすい以外の何物でもない。」


いつぞやも話した本音を蒼衣は再度吐露して、にっこり笑って在原を見やる。


神妙な顔になった在原が、蒼衣の答えに対してではなく、更に自分の疑問をぶつける。


「なんでそんなに尽くせるの?」


「え?尽くすって…。」


やってくれてる?他の主任の時も一緒だった?」


「いや、だからって尽くすって。」


今度は蒼衣があたふたし始めた。在原の言葉は、独占欲丸出しのようだ。そう、ちょうど昨日細谷が言っていた「独占欲丸出し」という言葉が蒼衣の脳内を反芻はんすうした。


攻守こうしゅが変わったかのように在原は蒼衣をマジマジと見つめて問い続けた。


「だって、目があっただけで呼んでるってわかるって言ってたけど、みやむー的にはおかしいって言ってたじゃない?」


宮村が以前在原に言ったことだ。在原としてはただ宮村が細かいからだと思っていた。同じ答えが返ってくるだろうけど再度聞く。


「あ、あぁ、だって基本在原君は誰とも目を合わせないし、下見て作業してるから、顔上げて、わざわざこっち見てきたらだいたい用事だってわかんじゃん?なにせ省エネの権化ごんげだし。」


ただし、蒼衣は自分がエスパーかと思うくらい、なんとなく在原を見ると、そのすぐ後くらいに目が合うことが多かった。


しかし今はまだという言葉の余韻で目が泳ぎ、しっかり見れないながらもが茶化すように答えた。


「じゃあ相川さんの時は?」


在原の様子が変わった。それはまるで独占欲を超えて嫉妬を含むような言い方だった。


「えっ?」


驚くのも当然。在原が蒼衣の手首を掴んだ。ひんやりと冷たい指先が手首をやんわりといましめる。そこから、感情がつたのように絡まる。本当は冷たいのに、なぜか熱い。


「相川さんの時はどうだったの?その前も。」


手首を掴む手に、わずかに力が込められた。


「…っ、どうした?」


「どうだったの?」


逃さないとばかりに見つめてくる。声がスムーズに出ない。金縛りに合ったかのように体がフリーズした。


「…っ、あ、相川さんの時は、ど、どう、だったかなぁ?」


あまりの動揺に頭が働かないまでも、どうにか思い出そうとした。


「あ、目が合うとかそんなんじゃなかった、かな。うん…。うん、普通に、俺のところに声かけながら来てた、と思う。」


思い出すのになんとなく首を傾け天井に視線が行く。出てくる言葉も驚くほどにたどたどしい、そして心臓がうるさい。


耳の横に心臓があるんじゃないかと勘違いするほどにバクバクと音がする。


冷たい指先から伝わる温度を感じているに、体を巡る血液は沸騰ふっとうしているのではないかと思ってしまう程に熱い。


「そうなの?」


聞き返す在原が握りしめる手首の圧を緩めた。と、同時に、肺を開放された気持になった。少し呼吸が入りやすくなった気がして、少し息を大きく吸って、吐き出し、答えた。


「うん。だから、人を目で呼び出しできるのは在原君位じゃないか?」


「でも目が合うって俺の方見てないと気づかないよね?」


「まぁ、それは、確かに。」


確かに在原の指摘通りだ。蒼衣はなぜか在原を見てしまう。と思っていたが、なぜか蒼衣は在原を目で追う、いや、追う程動かないから、やはり在原を見る、が正しいのだろう。


何故かを深くは考えてこなかったが、これ以上踏み込んでは行けない気がしていた。


それは、もしかしたら、その行動在原を目で追うに至る理由をわかっていたのかもしれない。


、見てた?」


「え?」


「俺は見てた。」


「えっ?」


蒼衣の心の積み木が、指をちょっと触れるだけで崩れる寸前までグラグラと揺れた。


もう、その心情と行動が何かを認めなくてはいけないのかもしれない。


その何かが何なのか、できれば今は考えたくないと拒否する思考と、受け入れなくてはと思う思考がせめぎ合う。


何か言い返したいが、何を言ったらいいかがわからない。声が出ない。体が動かない、動こうとしない。


「さてと、帰ろ、もう21時過ぎたよ。」


グルグルと混乱している蒼衣を他所に、在原は空気も声色も一気に変えた。いつもの、こじれる前の在原そのものの声だった。


「えっ、あ、えっ?」


「えっ?て、帰らないの?」


在原はいつも、一歩踏み込んでは首の皮一枚で止める。そして蒼衣はどうにか振り絞って声を出した。


「あ、うん、あ、え、うん。か、える。」

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