第10話

20時。


「お疲れ様でーす、おさきー。」


蒼衣は在原の席を覗くような形で、一歩在原側に踏み込み声をかけた。

なんだかんだあっても、挨拶だけはすると蒼衣は決めている。


「おつかれー。」


珍しくチラッと蒼衣の方をみたが、すぐパソコンに目を向けた。


蒼衣はなんとも言えない渋い顔に一瞬なったが、まぁ返事が返ってきたから良しとする、とフロアの出口に向かった。


ちょうどそこで諏訪と一緒になり、おつかれーとお互いを労いつつそのままオフィスを出た。


みんなそろって絶賛ぜっさん残業をしていたが、遅くてもこの時間で切り上げようと話合っていた。


そんな中、小林は出るタイミングを遅らせていた。


「コバー、帰ろー!!」


いつも通りにニコニコとテンション高らかに細谷が小林の元に来ようとした。


「ほそやん、ちょっと先出てて、間違って再起動かけた。すぐ追っかけるから。」


端末の起動を待つようにマウスをデスク上でシャカシャカ動かして、小林がアクションを見せる。


「あら珍しい。んじゃ先出てるね!」


いつもは絡みつくように寄ってくる細谷だが、何かを察したかのように、珍しくすんなり受け止めて蒼衣達と共に先にフロアから出た。


3人が出たのを見計らって、小林は在原に声をかけた。


普段の飲み会でこのメンバーなら在原も必ず召集されるが、今日は誰も在原に声をかけなかった。


というよりも、飲みが確定した時点で誰行けるか、誰か追加で誘うかが話しに出た。


いつものメンバーである在原も呼ぼうとなったところで、蒼衣はこれ以上人数増えると今日はキツいと力なく言った。


そこで人数増量計画は即取りやめになった。


つまり、、在原を除外じょがいした形になる。


それでも小林は、どうしても在原に声をかけない事自体が気になっていた。


別に仲良しこよしをやろうというわけではないが、気になるのだった。


「在原、この後予定ないなら俺等と一緒に飲みに行こうぜ。」


そろそろ帰宅するべく、いや、蒼衣が帰り支度じたくをし終え、お先と声をかけられるのを待ってから、さてと、と誰にも聞こえない声でポソっと落として、在原は片付けを始めたていた。


その様子をみていた小林が、小さく息を吐いてから、タイミングを図って在原に声をかけたのだった。


「コバは策士さくしだなぁ。再起動なんてかけてないくせに。」


在原はその手を止めて答えた。小林と細谷の会話は聞こえていたし、何人かで飲みに行こうという気配は感じていた。


「いや、在原もだろ。わざわざ蒼衣さんが帰るのを待ってから片付けし始めてさ。」


小林が苦笑して、外国人かのように手のひらを上に向けて肩をすくめた。


「えー?たまたまだよ、たまたま。」


違うと手を左右に振りながらアピールするものの、小林はにがさなかった。


「たまたまな奴が、蒼衣さんがフロアから出たの確認した瞬間にパソコン落とすかよ。」


「あ、バレた?」


在原はバツの悪そうな顔をしながら、止めた手を再度動かし始めて片付けを続けた。


「今日のは、俺、多分行かない方がいいでしょ。すまんね。」


在原は、片方の口を引き上げ、自嘲じちょうする表情を浮かべていた。


あぁ、コイツも大概不器用だ、と思いつつ、片眉を上げながら小林が聞いた。


「しおりんじゃないけど、お前、今度俺と飲み決定な。その顔、自覚はあるんだよな?」


諏訪の、有無うむを言わさずご飯や飲みに誘うそれをしての発言だ。


「まぁ、ね。ありがと、コバは優しいねぇ。俺、彼女にしてもらおうかなー。」


はぐらかそうとするも、在原自身でもダメージを負っているらしい。

わば身から出たさびではあるが、自分でも間違った方向に行ってることはわかるものの軌道修正の仕方がわからなくなった。


在原は、蒼衣とただ同じ空間で笑い合ってバカ言って、仕事も持ちつ持たれつでやれてればそれでよかった。


いや、本当は距離感をもっと縮めたかった。


蒼衣の動く、且つ、気づくスピードが早い為、在原か蒼衣のどちらかがやればいいものは大体蒼衣が背負っていた。


蒼衣本人もオーバーワークには見えない。

普段からケラケラ笑って、眠気覚ましにチーム内を徘徊し、在原のもとで下らない話をしては席に戻って自分の作業をしていた。


たった一言、五十嵐から言われた一言が嫌に残り、在原の態度が急変してしまったのだ。


その在原の表情は、えないし声も力がない。

おまけに片付けをしながらということもあり、うつむ加減かげんで言うから、余計に沈んでるように見える。


ことわる。バカ言ってないで、ちゃんとしろよ?どうにかお膳立ぜんだてはしておくから。それに、蒼衣さんぶっ壊されるとみんな困ることだけはわかっておけよ?」


蒼衣が休むと大打撃だいだげきなのだ。普段からあちこちとバランスをとり、調整をするのが物凄くうまい。


困ったときには引き受けてくれるから、主任からも、チーム内外からも信頼が厚いのだ。


事前に休むとわかっていれば問題ないが、突発とっぱつで休まれると、何故なぜ地獄絵図じごくえずになることが多い。


他のサブリーダーが抜けるのも勿論打撃があるのだが、蒼衣に対してはみんな頼ってしまうため大穴となってしまう。


「うん、すまんね。」


「ホントだよ。俺本当はほそやんと出かける予定だったのに。まぁ予約とか必要なもんでもなかったからいいけど。」


小林が少しだうらごとを言う。


「あぁ、まさに俺のせいでデートが中止になったと。」


在原も皮肉ひにくのように返す。


「そうだな。」


という言葉は否定せずに肯定した小林は、流石に時間がそろそろ限界だと切り上げた。


「んじゃ、行ってくるわ。」


「いってらっしゃーい、今度なんか奢るー。」


在原は、ヒラヒラと、少しだけ力なく小林の背中に手を振った。


「聞いたからな!期待してる、じゃーな!」


少しばかり哀愁が漂っていた在原に、クルッと振り向いた小林が指を指して言質を取った。


今度こそ行ってらっしゃいと手を上げて挨拶した。


自業自得。自分に言い聞かせて、在原は帰宅の途についた。

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