第4話
あれから何事もなかったかのように日々は過ぎていった。
いや、追いやるようにしていた。そうでもしなければ、時々あの指先の感触がフラッシュバックするのだ。
一方の
微動だにしない在原は、通りすがりの部長に「お前、人間だよな?アンドロイドじゃないよな?」と確認されていた珍エピソードが加えられた。
おかげさまで在原の動かなさは折り紙つきになった。
9月1日朝9時。
「今月は半期決算月になります。納期等…」
朝礼の挨拶がてらに支社長が声高らかに、ある者には
在原は勿論後者に該当し、あくびを必死に
「社内
会社は、ノルマという言い方はしない。目標という言い方に変えて、事実上のノルマを要求してくる。
勿論こういう目標があるから会社の利益が上がり、自分たちの給料に跳ね返るのはわかる。
こういう指標を出しながら、役付き以外の社員全員に意識させることも大事だということもわかっているが、蒼衣もこういうバリバリと朝から数字を出し、いざやるぞと勝どきを上げそうなテンションでくるノリの朝礼は少し苦手としている。
というより、蒼衣の部署はどちらかというと、相対的に「数字を上げろー!」という
この会社は他部署との風通しも良くしたい為に、すべての部署が壁なしドアなしでひとつながりのオフィスに作られているから、こういう朝礼も時にあり、どうしても逃げることができない。
9時20分
いつもより大分長い朝礼が終わり、業務に取り掛かる。
そもそも、通常の朝礼は全体朝礼と部署ごとの朝礼をあわせても5分足らずで終わるのだ。
「毎月1
やれやれと肩を
「まぁ、会社だからね。痛く同意するけど。」
朝礼が長かろうが、やることは変わらない。いつも通りに、いや、月末から少しずつ分量が右肩上がりに追加されていっている仕事をこなしていくのだった。
いつもは
普段は部署が完全に分かれての業務になるが、納期が迫ってくると、他部署との部署またぎでの連携が必要なことも出てくる。こうなるとあまりにも動かないことで
細谷の下にいるサブリーダーで、頼れる
2年前まで隣の部署で別業務をやっていたこともあり、部署またぎの案件が生じた場合には、「しおりん、これってどういう動きするの?」と蒼衣はよく聞きにいくのだ。
サブリーダーで補えないものは主任が動く必要がある。そしてサブリーダーでもさすがに
一方で席から立ち上がる在原をうらやましがる男がいた。
小林である。
小林のチームのサブリーダーは宮村で、仕事が増えると確認事項やすり合わせ、普段はそこまで目を通さなくても良いものも資料として必要となってくる。
そうなると、宮村は一段と確認が増える為、時折限界がきて、「頼むから席をはずさせてくれ、せめてタバコ1本吸わせてくれ。」と願うのだった。
「コバさん、ここのやり方、このままいったら
この話とは別件で確認事項を宮村から上げられており、そこに今現在進行形で更に2件追加されようとしており、小林がお手上げになりそうなところで、蒼衣がちょうど通りすがった。
「あ、蒼衣さん、いいところに。今コバさんにこの部分直してもらえないか聞いてたんですよ、どう思います?」
続きを話そうとしていた宮村は蒼衣を見つけ声をかけた。
「え?どこ?」
足を止めた蒼衣は小林の後ろから、小林の背もたれに手を置き覗き込むように、焦点となっている資料をみた。
「これです。」
「あ~、これ先月の末に在原君に修正お願い出したから、もう少しで変わるよ。AのルートでOKってさ。」
蒼衣もちょうど月末にチームのメンバーに聞かれてこの部分に気づいたのだった。これは急ぎだからと在原を動かし、修正させたが、反映するのにどうしても時間がかかり、一歩間に合わなかったようだ。
「うわ~、蒼衣さんマジで神。ありがとうございます。」
小林が、宮村の詰めから開放されたこともあり、ホッと一息つきがてら蒼衣に手を合わせた。
「あ、あとついでに…。」
と、小林のパソコンをいじりながら、ここと指を刺した蒼衣は、
「ここの3番の
できるだけ部署またぎ案件を勝手に動くのは避けたいのだが、水面下で部署間をこっそりとワープして知識共有として話すことがある。
それも蒼衣は諏訪が隣の部署にいたおかげで隣の部署の面々とも仲良くなり、人脈という名のパイプを作っていたことが幸いしている。
部署をまたぐサブリーダーの間でどうにかなりそうなことはだいたい諏訪と蒼衣がうまいことやりこなしている。
それでもだめだった場合は上を正式に通すのだ。
「神様仏様蒼衣様、今度何かおごります。」
更に深々と頭を下げながら小林が手を合わせて完全に
「今度変なところあったら、一回サブリーダーですり合わせするか?多分今の時期にガンガン主任に上げたら主任以上が苦しくなるわ。ってあらら、うちのボスまたどうしたのよ、
宮村に話かけていたところで、自席に戻るなり立ち上がって蒼衣を探している在原の様子を見て、何かあったなと察した蒼衣はその場での会話を止めて在原の元に向かった。
いつもの在原は、席に座ればそのまま足を組み、ペットボトルのお茶を飲んで、猫背になりながらパソコンを見るはずだが、今日は自席に戻り座ったと思ったらすぐに立ち上がって蒼衣を目で呼び出した。
「蒼衣さんって、体力おばけで気遣いおばけなのはわかるけど、あんだけ気を回して本当に疲れないのかなぁ。」
「本当に。でもそれに助けられてるのも事実だからなぁ。しかし在原どうかしてた?」
宮村がつぶやいた言葉に同意した小林が続けた。「う~ん?」と宮村も首をかしげ、何かいつもと違ったか考えたが、2人にはいつもとの違いがよくわからなかった。
11時30分、昼休憩まであと少し。
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