第2話

ザワザワと各部署が活発に動く、今は15時のこと。


「蒼衣さん、わかんない。」


蒼衣はかなり周りを見て動くタイプだ。

こと在原については、何故かよく見てしまうから、目が合うと呼ばれたとわかる。

最近なんとなく在原と目が合う頻度が上がってきている気はしているものの、目が合わない限りは蒼衣に用はないと認識している。


蒼衣は、小林のチームのサブリーダーである宮村と業務の共有をしていたところ、在原と目があった。「すまん、うちのボス呼んでるわ。」と一声かけて蒼衣は在原の元に向かい、「呼んだ?」と近づいたらこの一言ときた。


「うん、何が?」


主語もなにもない状態で言われても、流石の蒼衣もわからない。


腕組みするように片手を顎につけ、考えるポーズだけはとっているが、恐らくどうしたらいいかを何も考えていない。


「パソコン固まっちゃった、これ、どうするんだっけ?」


やはり自分では一切何もいじることなく蒼衣を呼んだ在原はチラッと横に立つ蒼衣を上目遣いにみやった。


「いや、タスク出してもダメ?」


「わかんない。」


在原はパソコンに疎く、ちょっとしたトラブルシューティングも苦手だ。

一方の蒼衣は、パソコンをいじったり配線を繋ぐのが趣味と、2人は面白いくらいに真逆にいる。


「あー、はいはい、ちょっと借りるよ。」


と、蒼衣は在原の斜め後ろからキーボードを叩き、マウスを操作し始めた。


「あらやだ、これって、俺が女の子ならキュンってしないといけないやつ?」


恋愛ものでよく見る、オフィスで女性の斜め後ろからマウスを操作するいわゆるになっていた。在原はおどけて頬に両手をあて、キャッと言わんばかりのポーズをとるが、蒼衣はそれどころではない。



早く回復させないと主任権限の必要なものが使えないのである。そうなると細々と業務に支障をきし、業務終了時間間際あたりでこの時間のロスがボディブローのように効いてくるため、早急に対処をしなくてはとせっせとトラブルシューティングを行う。


「いや、しなくていいからタスク出すのと、どれ切るかくらいは覚えなよ。だからこの間在原くん置物事件が起きたんだろ。あぁ、タスクすら後ろに入っちゃうのか、今回はどうにもならんな。」


どういじってもタスクマネージャーがきちんと起動しない、おまけにデータをよけることもできないから自動バックアップに期待をするしかないかと思いつつ、電源ボタンを長押しした。


「えー、だって、この間蒼衣さんの真似してやったはずなのに、なんでか端末再起動と同時に更新も入っちゃってで2時間動けなかったんだよね。」



本来、ちょっとした操作で解決するはずが、端末の再起動になり、起動したと思ったら更新が入って更に自動シャットダウン入ってを繰り返したらしい。


たまたま蒼衣が休みをもらっていたタイミングで起きたトラブルだったようで、在原が適当に触った結果、主任権限は使えないし、在原本人は席から動かないしと、人呼んで「在原置物事件」が勃発したのだった。


「いや、落とすの覚えればいいだけじゃん!しかも業務中に更新かけるやついるかよ。」


この事件のあと、蒼衣は宮村から、それはそれは大変だったと切々と語られたのだ。



「え、そうなの?」


「そうだよ。在原くんがやろうとした更新は時間がかかるやつだから、サポート担当に任せるやつ。」


と、蒼衣がパソコンの電源が落ちたのを確認したところで、宮村が駆け込んできた。


「主任権限必要なんだけど、在原、行ける?」


「あ、みやむーすまん、在原くんのパソコン再起しないとだから、別の主任のところいける?」


在原の代わりに蒼衣が手を合わせて答える。


「在原またやらかしてんのか、わかったわ。」


宮村は、あぁ、と眉間にシワを寄せ、今にも舌打ちしそうな表情を浮かべながら主任権限を求めて隣の席の主任の元へ向かった。


すまんなー、と、一言宮村に付け加えた蒼衣は、念のため5分ほど時間を空けて立ち上げなおし、問題なく作動するか、データも飛んでないか確認をした。


勿論蒼衣は立ったまま、そして在原は座席にしっかり座っている。


権限で処理が終わった宮村が、自席に戻りがてら蒼衣に聞いてきた。


「ところで蒼衣さん、なんでさっきコイツが呼んでるって分かったの?」


「え?目があったじゃん。」


蒼衣にとってはのことだった。

エコモード全開の在原は、目を合わせることで人を呼ぶ。

といっても本来普通の人はただ目が合っただけとしか認識しないが、なぜか蒼衣はそれが用があって呼んでいるとわかってしまうのだった。


さもありなんと言わんばかりの反応に驚いたのは宮村だった。


「はっ?確かに目が合うことはたまにあったけど、あれってたまたまじゃないの?在原って俺の時もやってた?」


「うん、でもみやむー気づかないから渋々みやむーの元にいってた。蒼衣さんは大体気づくから助かるのよね。」


ポカンと目を見開いた宮村の表情とは対照的にご満悦の顔の在原。


「いや、普通気づかんから!しかも在原の質問、俺達にする内容じゃないし。主任用のマニュアルもあるんだし、上に聞きに行くべき内容も、通りすがりの俺達に聞くし。だから太るんだよ。しかもお前に聞いても回答大雑把だから、細かく聞き出さないとだし。」


段々と宮村は在原に文句を言い始めた。


「みやむーは細かいからなぁ。俺来月からジム行くから一言余計。まぁいいじゃない、蒼衣さん気付いてくれるし。」


在原はマイペースに答えるも、宮村は細かいし、回答も1〜10まで道筋立てて回答が欲しい、マニュアル通りが好きなタイプ故に大分あわなかったらしい。


元々、別の部署にいたときからこの2人は同期だったようで、お互いに言いたい放題言い合うのだが、基本は宮村の小言と、それを聞き流す在原の構図になる。


蒼衣の場合は、この考えで合ってるかすり合わせさえすればどうにかなるから、在原は仕事がし易いらしい。


「在原はサブリーダーをなんだと思ってんの。」


流石にサブリーダーに対して求めすぎに見え、それはどうなのかと疑問をもった宮村は在原に対して苦言を呈した。


「え?」


急に何を聞き出すんだと、少し目を見開きながら在原は宮村をみた。


「普通こんなに気付いてチームのサポートから主任のサポートまでするって、ないと思うけど。状況察して、回答も察して、バランスとって、お前の状況も逐一確認してって本来普通じゃないから。」


本来は主任がサブリーダーをサポートするはずだが、蒼衣と在原の場合は、蒼衣が主任とチーム両方のサポートをしている。


主任ができないから、ではなく、だ。

蒼衣で処理できるものならば自分がやればいい、蒼衣の方が勤務年数長いから、その知識でサポートできるものならサポートするという蒼衣の持論がある。


ただし、やり過ぎて時折過保護だ、あいつをぬるま湯に突っ込み過ぎだと言われることもあり、ついつい線引を越えてやりすぎることが蒼衣の欠点にもなる。


流石にこのままだと空気も悪くなると思った蒼衣は2人の会話に混ざった。


「まぁまぁ。俺、どちらかというと人の目線見てるタイプだから、あー呼んでるなぁってのは察するんだよ。急いでるときは立って目を合わせてくるからわかりやすいかな。」


「いや、それできるの多分蒼衣さんだけです。」


「え?」


「やだぁ、夫婦めおとだって。」

 

間抜けな声を出して、今度は蒼衣がポカンとしている姿をよそに、同意を求めるように蒼衣のほうを上目遣いで見ながら在原がおどける。誰もそんなことは口にしていないが、ずいぶん古風な言い回しを使う。


「蒼衣さんに迷惑かかるから色々やめなさい!」


宮村の一言に、ははっと笑いながら「こうなると、みやむーの方が奥さんだな。」

と、蒼衣はあえて乗っかってみた。


「「それは絶対嫌」」


見事なシンクロで、在原と宮村が切り替えした。


「ほら、息ピッタリじゃないの。」


2人をからかいながら、笑顔がなぜか引きつった蒼衣は、あれ?と自分の感情がよくわからなくなったが、目をどうにか細めて笑顔を作り直した。


「蒼衣さんは在原に甘すぎなんですよ、少しほったらかしていいと思いますよ。」


もっともな宮村の意見に、今度は苦笑した。


15時20分。

主任権限も回復し一件落着ではあるが、何かが蒼衣の心にどろりと流れた。

それが何かは蒼衣にはよくわかっていない。

在原はいつも通り、宮村もしかり、チーム内のコミュニケーションも滞りなくいる。今のはなんだったのか、よくわからないまま仕事に戻った。


今日に限って主任権限の必要となる作業が多かったせいか、在原も流石にパリッとしたモードで仕事をしていた。


たまにちらりと見ても、顔を上げることもなく至って真剣そのものだった。


なんだ、やっぱりやればできるんじゃん、なんて心で微笑んだ蒼衣だった。


18時、今日もどうにか定時に退勤。

真面目な顔してれば普通にイケメンってやつだよなと、在原を観察して思った蒼衣だった。

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