お前、木っぽいな

そうざ

You are like a Tree

「お前、木っぽいな」

 そう言われてその理由を訊かない奴は居ないと思う。

「良い意味でな。良い意味なんだからそれで良いじゃん」

 そう誤魔化されてしつこく詰め寄らない奴も居ないと思う。

「じゃあ、地球に優しいって事で。うん、そういう事にしておいて」


 だったらいっその事、本当に木になってやる。


 名前を呼ばれても返事なんかしない。先輩に呼ばれても、係長に呼ばれても、天下りの名誉会長に呼ばれても応えてやるものか。

「君ねぇ、フロアのど真ん中に突っ立っていられたら邪魔だから、せめて隅っこの観葉植物おなかまの隣にでも移動しなさいよ」

 そう言われても動けないから、同期の連中が僕を抱えてえっちらおっちらと移動させた。

 仲間かと思った観葉植物は人造品フェイクでがっかりしたけれど、隅っこの方は日当たりが良くて中々快適だった。

 不憫に思ってか、掃除のおばさんが偶に僕の足下に水を掛けてくれる。その度に僕を見て軽く失笑するのは気になるが、もうのだから気にしてもしょうがない。

 こうなったら細胞に壁を作ってやる。ヘモグロビンを葉緑素に変えて光合成してやる。寒くなったら落葉してやる。いつかは何かしらの実を付けてやる。


 そんな或る日、オフィスが転居する事になった。国際情勢の激変で業績が悪化し、もっと安全な土地に移るらしい。

 木に成った僕にはもう何の関係もないけれど、引っ越しの準備中に社員が気になる会話を始めた。

「係長、観葉植物はどうします? 結構、埃で汚れちゃってますけど」

「荷物になるから、処分しちゃって良いよ」

、ですか?」

「あぁ、どうせどっちも偽物フェイクだ」

 結局、くだんのおばさんがこっそり僕を運び出して自然公園の隅に植えてくれたので、辛くも九死に一生を得た。

 それからは、犬に小便を掛けられるくらいの事はあるけれど、誰にも相手にされず坦々と存在し続け、今日こんにちに至っている。


 ここまでが僕のほんの最初期の記憶――の筈。

 いつだったか、雷が僕の脳天を貫いた。中々の高身長に育っていたからそれ自体は仕方がないけれど、その時に色々と忘れてしまったような、そんな気がしないでもない。

 人間だったという記憶も、本当のところはよく分からない。もしかしたら、元々木だったのに雷の衝撃で人間になったつもりでいただけかも知れない。


 その後、人類は色々あったけれど、僕は人類ではないし、死のうが生きようがそんな事はどうでも良い境地になっていたから、淡々と彼等の末路を静観していた。これを悟りというのだろうか。

 この辺りも荒涼とした景色になったものだ。

 かつては街があり、人類や動物が居て、植物も結構あったのに、今はもう砂塵が風に舞うだけ。これがこの星の現在。

 今の僕の夢は、セコイア先輩や縄文杉先輩に会いに行く事。無理な事は解っている。そもそも皆さんが生き残っているかどうかすら判らない。けれど、木にも夢を見る自由くらいはあると思うのだ。

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