1話(11)

 「なにこれ……」


 怖くて、足ががくがくと震える。

 鈴木先輩の方に目をやると、ぺたんと床に座り込んでしまっていた。


 『何か』はこちらを一瞥し、ギャアアと叫ぶ。

 うっ……耳が痛い。

 つんざくような声で、鼓膜が破れそうになる。私は、耳を塞ぎ俯くことしかできなかった。

 怖い、怖いよ。


 「おい、おい!」


 限りなく音を聞かないようにしている耳が、鬼龍院先輩の声を感じ取った。


 「そこ二人!! 避けろ!!」


 その声で目をあげると、そこに限りなく濃い青が広がった。


 殺される。


「誰か……っ、助けて!!」


 私が目を瞑ると同時に、ドン!! と低く、重い音が鳴り響く。


 あれ、痛く、ない……?


 恐る恐る目を開く。すると、見慣れた顔がそこにあった。


 「樹理ちゃん……!?」


 「もう! 高校では妖怪に関わらないって決めてたのに!」


 樹理ちゃんは大きい声で言った。


 「でも、この際しょうがない! みんな助けるから!」


 私はその様子を見て唖然とする。

 それに構わず、樹理ちゃんは叫ぶ。


「そこ! 眼鏡の! 三つ編みのお姉さん! それ、持ってるやつ、こっち投げて!」


「え、っと」


「はやく!! ほら、お酒!!」


 え、先輩、まだお酒持ってたの……!?

 そう思い先輩の方を見ると、確かにお酒を持っていた。


 「ほら!! 投げて!!」


 「う、うん!!」


 お酒の瓶が勢いよく宙に舞う。樹理ちゃんはそれを可憐にキャッチした。


 「よっし! お酒ゲット! ナイス、お姉さん! ほら、そこの妖怪! お酒がほしいならこっちにおいで!」


 樹理ちゃんが『妖怪』呼んだそれは、お酒に釣られたのか、ぐるっと方向転換をした。


 ってあれ……? 妖怪? お酒?

 聞き覚えのある並びに、はっとする。

 もしかしてこの暴れてるのって、酒天童子……!?


「悪霊退散!」


 お札を握った樹理ちゃんが、『妖怪』に向かってそう唱える。

 すると、少し『妖怪』の体制が崩れる。


 情報量が多くて追い付けない、何なの、この状況!


「くっ……中々手強いね、でも、これでトドメだ……!」


 樹理ちゃんがそう言った瞬間。


 ガッ


 鈍い音がした。


「樹理ちゃん……!?」


 次の瞬間、樹理ちゃんはバタンと音をして、地面に倒れた。彼女の体中が痛々しく、青白く見える。


 樹理ちゃんが『妖怪』に、振り落とされた……?


「おまえ……!」


 鬼龍院先輩がすかさず駆け寄る。鈴木先輩もあとに続いた。


「大丈夫……!? 早く、誰か呼ばないと」


「馬鹿、ここには今誰も居ないんだよ」


 先輩たちの会話が遠くに聞こえる。

 樹理ちゃんが、樹理ちゃんが、こんなことに。


 ……許さない。


 ブワっと、体に力が入るような気がした。


「樹理ちゃんを、こんなにして……許さないから!!」


 私は『妖怪』に向かって勢いよく走る。

 拳をにぎりしめ、それをぶんと振り下ろした。


『妖怪』の体に、自分の拳があたる。


 その瞬間、急に『妖怪』から光が放たれる。

 それに圧倒され、もう一方の手を目にかざす。

 何、これ。


  冷たい空気の中、『妖怪』に触れたところから温もりが広がった。


 *


 カァ、カァ


 からすの鳴き声が聞こえる。

 目を開けると、そこはいつも通りの学校だった。


 空は橙色に染まり、昇降口にある時計は最終下校の6:00を指していた。


「もど、れた……?」


 あまりの呆気なさに呆然とする。

 そうだ! 樹理ちゃん、樹理ちゃんは。

 バッと振り向くと、後ろには傷1つなくなった樹理ちゃんと、先輩二人が座り込んでいた。


「ここ、いつもの、学校……?」


「……だよな?」


 みんな、いる。


「よ、よかったぁぁ~!!!!!」


 私は、その場で泣き崩れた。

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