第42話 踊ってみた《ロナ》

 月曜日、学校に登校して教室に入ると、全員の視線が集中した。

 ウッと、呻きたくなりながら、それらに気付いていないふりをして自分の机まで歩いていく。


「日知さん」


 席に着くとクラスの女子生徒が話しかけてくる。ロナが配信デビューした際にも話しかけてきた子だ。用件はヨツカのことだろう。周りが聞き耳を立てているのを感じる。


「配信見たよ。凄いね。有名人じゃん」

「う、うん」

「激レアモンスターテイム出来て良かったね。一緒に住んでるの?」

「うん、住んでるよ」

「怖くない? 骸骨でしょ?」

「怖くないよ。テイムモンスターだし」


「日知さん見かけによらず肝座ってるねー。ていうか元々男の人でしょ? 実質同棲じゃん。それでも気にならない?」

「それは……ちょっとは緊張することもあるかな」

「だよね。ところでちょっと気になったんだけどさ、半分人間みたいな相手テイムして連れ回すってどうなの?」

「……どうって?」

「人権? 倫理? みたいな」


 答えづらいことを遠慮なしに聞いてくる。


「ダンジョン探索については、ヨツカさんも望んでることだから、特にその辺りは気にしてないかな」

「へえ。死んでもダンジョンに入りたいなんて、どうしてだろうね」

「分かんない」


 そうした詮索に耐え抜いて、どうにかやり過ごした。幸いにして朝のその時間以降までその生徒から絡まれることはなかった。他の生徒も、普段口を利いたことがないロナに態々詮索してきたりはしなかった。

 月曜日はまだ、ヨツカによる影響が少ない日だった。

 翌日、火曜日の昼休み、ロナがテルラといつも通りの昼食を終え、教室で午後の授業の開始を待っていると、室内が不意に静かになった。


 視線の多くが教室の入口に向かっている。

 そこには一人の男子生徒とテルラが立っていた。男子生徒の方は雰囲気的に上級生。かなりの男前だ。

 その男前が、テルラに連れられている時点で若干予想していたことなのだが、ロナに向けて歩いてくる。

 クラス中の視線が集中した。


「ロナ、この人が話があるって」


 テルラに紹介される。心做しか少し声が冷たい気がした。


「はじめまして、ロナさん。配信で貴方のことを知って、校内の噂で貴方がこの学校の生徒だと聞き、会いに来ました。三年の、ムツオと申します」

「あ、はい」


 三年の男子生徒が何の用だろう。随分と腰が低い。


「単刀直入にお願いさせて頂きます。ヨツカさんとお話がしたいので、放課後、時間を頂けませんか?」

「えっと」


 それはどうして?

 ロナの内心の疑問を読み取ったように、テルラが補足してくれる。


「ほら、この人、ヨツカさんが亡くなる原因になった人よ」


 その一言に、ムツオの顔が苦しげに歪んだ。

 何もそんなにはっきり言わなくても。テルラの物言いに非難めいたものを感じる。人が亡くなる原因を作ってしまったのだから、非難すること自体は不思議でないが。

 そうか、この人が。

 フォレスト。グループとしては知っていたが、個々の顔までは知らなかった。

 ロナは未だに、ヨツカが亡くなった際の配信を確認していなかった。というか生前の彼を全く知らない。よく考えるとそのくらいはしておいた方がよいのではないだろうか。


「で、どうするの?」

「……ヨツカさん、どう思うかな?」


 果たして彼は会いたがるだろうか。その点が気になって、ロナは返答に迷う。


「いいんじゃない、取り敢えず連れてってみれば。ただし本人からぶん殴られても文句なし。それが条件で」

「はい。こちらもそれで構いません」

「だってよ?」

「……分かりました」

「じゃあ授業も始まるし、放課後、校門前で」

「はい。最後に一つだけ。仲間も一緒で構いませんか?」

「お仲間さんもぶん殴られてオッケーならね」


 ロナが頷くと、後はテルラが纏めてくれた。

 そのまま二人が教室を出ていく。

 放課後になると、ロナが教室を出るより先にテルラがやって来た。


「ちょっと待たせましょ」


 そう言って、ロナの前の席にどっかりと腰掛ける。


「でも、先輩だよ?」

「気にすることないの、あんな奴ら」

「テルラちゃん、怒ってる?」


 気になったので直接確認してみた。


「怒ってる。アザミちゃんはまだ塞ぎ込んでるのに、何で発端になった連中がさっさと謝罪して楽になろうとしてんの?」


 てっきり、彼女はヨツカに加担して怒っているのかと思っていたが、そうではなかったらしい。巻き込まれて炎上したお気に入りの配信者のことを思っていたようだ。


「その、アザミさんって人はまだ落ち込んでるんだ」

「そうみたい。配信もシャウターの投稿も完全に止まってるから。ヒカリちゃんが言うにはちょっと時間が必要そうだって」


 ヨツカさん、あいつら殴り飛ばしてくれないかな。物騒なことを呟かれる。

 実際にそうなったら、どうなるのだろう。有り得ないとは思うが、万が一それで訴え出られたら、責任者はロナだ。ちょっと怖い。

 ヨツカさん、怒らないといいけれど。


「その人も、ヨツカさんと会いたいかな?」

「実はこっちから連絡取ってみることも考えたんだけど…………向こうに動きがあるまでは様子見にしようかなって」

「そうだね。私達の方から口出しすることじゃないか」


 それから少しして、二人は教室を出て校門に向かう。

 そこにはムツオと三人の男子生徒が待っていた。


「お待たせしました」


 一応、ロナはそう言って頭を下げる。


「いえ、こちらが一方的にお願いしていることですから」

「で、どうするの? テイマーって確か、テイムしてるモンスター召喚出来たよね」

「うん」

「用件が謝罪なので、出来ればこちらから足を運ぶ形にさせて頂けないでしょうか」

「そ、そうですね。ヨツカさんも急に呼びつけられたらびっくりするでしょうし」

「じゃあ……ロナの家に行けばいいかな?」

「多分。ひょっとしたら、外出してるかもしれないけど」


 一同、ロナの住むアパートを目指すことになる。

 上級生四人を引き連れて歩む帰り道は何とも居心地が悪かった。


「あれ、ヨツカさんじゃない?」

「え?」


 途中、公園の前を通りかかった際、テルラがその存在に気が付いた。

 彼女の視線の先に目を向けると、確かに公園に骸骨がいる。

 何故か砂場で小さな少女と二人、遊んでいる。

 どういう状況だろう。


「どうしよう? 邪魔して大丈夫かな?」

「うーん……アタシ達で声かけてくるので、先輩方はここで待ってて下さい。大人数で近寄って女の子が怖がったらいけないんで」


 ムツオ達を残し、ロナとテルラで砂場の二人に近寄る。


「アタシよりロナちゃんのが人相良いから、任せるね」

「分かった。お嬢ちゃん、ちょっといいかな?」


 背後から声をかけると、ヨツカと遊んでいた少女が振り向く。まだ小学一年生とか、そのくらいに見えた。


「私達、そっちのお兄さん……骸骨さんのお友達なんだけど、二人で何してるの?」

「遊んでる」


 あ、うん。

 あまり活発そうでない印象の声だった。

 そんな子が何をどうしたら骸骨姿のモンスターと遊ぶことになるのだろう。

 興味深かったが、本題はそこではないと思い直す。


「そっか。ちょっと今、用事があるから、骸骨さん、借りていいかな?」


 そう言ってからヨツカの方を見る。

 少女もまた、ヨツカを見た。


「行っちゃうの?」

「少し、向こうにいる人達とお話して、そしたら直ぐ戻ってこられるから。ヨツカさん、同じ高校の先輩で……ムツオさんって方とそのお仲間が、謝罪したいそうなのですが、お会いになりますか?」


 首肯。答えまでに少しの間があった。


「アタシ達も立ち会った方が良いですか?」


 テルラからの問いには首が横に振られた。

 ヨツカは一度少女の方を向き、それから立ち上がって公園の入り口で待つムツオ達の方へと一人歩いていく。


「お嬢ちゃん、待ってる間お姉さん達と遊んでよっか」

「え、うん」


 女子高生二人を前に、少女はやり辛そうだった。

 少女とヨツカは砂を濡らして何かしら作っていたようで、その作業を覗き込む。


「すみませんでした!!」


 背後から大きな声が聞こえてきて思わず振り返った。

 ムツオ達が土下座している姿が目に入って、直ぐに視線を元に戻す。何となく見てはいけないもののように感じた。


「何か手伝うことあるかな?」


 代わりに少女へ話しかける。こちらも驚いてムツオ達の方を見ていた。彼女に黙って首を横へ振られてしまう。


「ねえ、ヨツカさんって、何であんな格好なの?」

「それは……。あれ? 名前知ってるの?」

「うん、教えてもらった」

「えっと、どうやって?」


 こうやって。少女が砂に指で「ヨツカ」と書く。成程とロナは納得した。


「それで、何で骨しかないの?」

「…………そういうモンスターなの」

「モンスター? 人間じゃないんだ」


 少し残念そうな少女。


「元は、人間だったんだけどね」

「そうなの?」


 少女が関心を示す。


「じゃあ、どうしてモンスターになったの?」

「……それはね」


 ヨツカのことを少女に説明する。そうしてから、今度は少女とヨツカがどのようにして出会ったのか尋ねた。

 公園のベンチに座ってじっとしていたヨツカを彼女が見つけたらしい。

 最初は誰かが置いていった置物だと思ったそうで、近寄って触ってみたら動き出してびっくりしたという。そのまま一旦距離を取って砂場で遊んでいるとヨツカが退屈そうに見えたので、遊びに誘ってみたそうだ。物珍しさだろう。度胸があるなと思う。

 話しているうちに背後から足音が近づいてきた。ヨツカとムツオ達だった。


「お話、終わった?」


 ヨツカが頷いて、少女との作業に戻っていく。


「お二人共、ありがとうございました。おかげで話も済みました」

「そうですか。良かったですね」

「はい。お二人は配信者ですよね。配信か、それ以外でも、何か力になれることがあったらいつでも言って下さい」


 それでは。一礼し、ムツオ達は去っていく。

 その背を見送って、ロナはヨツカに尋ねてみた。


「連れてきて、良かったですか?」

「ちゃんと殴りました?」


 ロナの問いには頷かれ、テルラの問いは否定された。彼らの間にどんなやり取りがあったのか。


「さて……それじゃ、この後はこのまま、次の動画の練習でもしましょうか」


 テルラの提案により、二人は砂場から離れて公園の一角に陣取った。

 今週末にはまた、動画を投稿しようということになっていた。今日は踊ってみた用の練習だ。今回はロナ単独でなく、テルラと二人での動画である。

 スマホで振り付けを確認しながら、動きを身体に叩き込んでいく。

 気が付くと、先程の少女とヨツカが傍らで見学していた。


「やってみる?」


 テルラが少女に声をかけると、相手は恐る恐る近寄ってきた。


「休憩にしましょ」


 それなりに息も切れてきていたところだったので、ロナも頷く。

 それからテルラが少女にダンスを教え始めて、ロナは傍らに立つ骸骨を見上げた。


「ヨツカさんもやってみますか?」


 半分、冗談のつもりでした問いかけだった。

 ちょっと悩んだ様子を見せてから、意外なことにヨツカは首を縦に振る。


「あ、ヨツカさんもやるんですか? じゃあ二人一緒に教えちゃいますね」


 テルラが先程まで練習していた振り付けをヨツカ達に指導する。

 テルラと、それから一緒に踊っていた少女はヨツカのダンスを面白がった。踊る骸骨というのは独特の愉快さがあった。

 夕暮れ時まで練習を続け、少女が時刻を迎えて家に帰っていくと、テルラはヨツカに動画を出さないかと提案する。ヨツカもそれに頷いた。本人も気に入ってくれたらしい。

 じゃあ金曜日までこの動画の振り付けを覚えておいて下さいねと、テルラがヨツカに課題を授け、その日の練習は終わった。

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