第43話 スライム《ロナ》

 水曜日、登校すると校門前に見慣れない大人が数人立っている。不審に思いながら通り過ぎようとしたところで、何故かその内の一人がロナに近づいてきた。


「ロナさんですか?」

「えっ」


 自分を知っている。誰だろう。つい足を止めてしまったが、急いで素通りした方が良かっただろうか。

 黙って警戒しているうちに、残りの大人まで近寄ってきてしまった。


「私、〇〇テレビの――」


 ああ、ヨツカの件でマスコミがやって来たのか。その自己紹介で納得した。事の発生が土曜日で、水曜日の今日になってとうとう学校を嗅ぎつけられたらしい。

 他の大人達も次々に自己紹介してくる。

 それから取材の申込みが始まったところで、学校から教師が出てきて彼らを追い払ってくれた。


 ロナはそのまま無事に学校の中へ入る。

 自分の教室には向かわず、真っ先にテルラのクラスへ足を運んだ。

 ロナが教室の入り口に立つと、彼女は直ぐその存在に気が付いてくれた。友人との談笑を打ち切って、ロナの方に来てくれる。


「ロナちゃん、おはよー」

「おはよう。テルラちゃん、どうしよう。さっき、校門前にテレビの人が……」

「ああ、マスコミかぁ。そっちもいい加減対応しないとだよね」


 ジジババばっかの視聴者に顔売ってもそんなに効果なさそうだけど。彼女の中でマスコミの優先度はそう高くない様子。


「んー……、今日の探索配信の後でさ、ヨツカさんからオッケー出たら取材受けよっか。今日の夜大丈夫?」

「うん、大丈夫」

「どこの局が良いとかある? 流石にあちこち一遍にとは行かないでしょ」

「拘りはないけれど」


 民放よりNHKの方が良かったりするのだろうか。分からない。


「女性記者さんの方が安心かな」

「そうだね。じゃあアタシの方で連絡取ってみる。折角だから晩御飯ご馳走になろっか。うんと高い奴。お寿司とか食べたいね」

「だ、大丈夫かな」


 そんな注文を付けてよいものなのだろうか。


「大丈夫だって。幾らテレビ局だって今でもそのくらいのお金はあるでしょ。向こうからしたら何としてもヨツカさんに取材したいだろうし。あ、でもお金払いを期待するならやっぱNHKなのかな? 受信料のおかげで未だに安泰だって聞くよね」

「そうだね。それか、最初に条件を明記したシャウトで取材を募集してみるとか」

「それ良いね」


 テルラがその場でスマホを取り出し、弄り始める。


「あ、見て、コラボ依頼!」


 途端、テルラが嬉しそうな声を上げて画面を差し出してきた。


「凄い。コラボの話なんて初めて。受けていい?」

「知ってる人?」

「アタシは一方的に知ってるけど、面識はない。アタシらみたいに女の子二人でやってるチャンネル。直接会うとするとちょっと遠出になりそうだけど、向こうから会いに来てもらうって手もあるし」


 話しているテルラはテレビ取材のことを相談していた時よりも遥かに楽しそうだった。

 テルラが乗り気ならば、是非企画を実現させてやりたい。


「うん、やってみよう。配信のために遠出してみるのも楽しそう…………なんだけど、旅費が」

「遠征してみたいよねぇ。実際にコラボするのはまだ先になるだろうから、それまでにはお金も貯められるでしょ」


 一通り話して、二人は別れた。ロナは自分の教室に入って、そのままいつも通りの一日を過ごす。

 放課後は不安だったので裏門からこっそり帰った。尚且帰り道を途中までテルラに付き添ってもらう。

 彼女は朝、声をかけられなかったのかと聞いてみたが、話しかけられることはなかったそうだ。配信の時とギャップがあるから気付かれなかったんでしょと、彼女は言っていた。


 確かに、露出の際どい衣装を着てツインテールのときと制服姿で黒髪ストレートのときの彼女では大分印象が違う。対してロナはそのまんまだ。

 一旦家に帰り、制服から私服に着替える。今日はダンジョン探索配信の予定だった。


「ヨツカさん、テレビの取材って大丈夫ですか?」


 確認を取ってみると、問題はないらしい。それでは今晩お願いしますと、今後の予定を伝えておいた。

 二人でギルド、女神の前髪まで歩く。


「ヨツカ」


 交流スペースでテルラを待っていると、男性の声がヨツカを呼んだ。視線を上げると壮年の探索者が立っている。


「ヨツカなんだろ?」


 ヨツカがペコリとお辞儀する。


「こんなになっちまってな……可愛そうに。親父さんの後を追うにしても早すぎだ」

「お知り合いですか?」


 ヨツカが頷く。


「昔こいつの親父さんに世話になってな、その縁だ。お嬢ちゃんがこいつのテイマーかい?」

「はい、そうです」

「そうか。まあ、どうか良くしてやってくれ」


 それから男性は幾らかヨツカと話してからギルドを出ていった。

「お待たせ」と、入れ替わりにテルラがやって来る。


「ヨツカさん、取材の話はもう聞きました? そうですか。大丈夫そうですか? 分かりました。じゃあ今のうちに連絡入れちゃいますね」


 ビキニアーマー姿のテルラがスマホを操作する。


「待ち合わせの時間があるから、今日の探索は上層までだね。土曜日は本格的にどこまで潜れるか、試してみよ」


 三人でギルドを出て、ダンジョンの入り口へ。

 テルラがバッグからカメラを取り出し起動、配信の準備を整える。

 ロナも自身のスマホを操作して、配信の告知をシャウトする。


「こんテロ」

「こんテロです」

「今日はヨツカさんの初……初? ダンジョン探索のお披露目になります」

『こんテロ』

『テルラちゃん今日もセクシーだよ』

「――さん、ありがとう」


『初ではないな』

『骨になってからは初めて』

『剣持ってるってことは剣士として戦うの?』

「はい。ヨツカさん、これからは剣で戦うみたいです」

『骸骨剣士』

『今までずっとサモナーだったのに大丈夫なの?』

『ジョブの恩恵をモンスターとしてのパワーでどれだけカバー出来るかだね』


 少しの間その場でコメントと会話し、ダンジョンに足を踏み入れる。


「今回はヨツカさんに先導お願い出来ますか?」


 テルラに言われて、ヨツカが先頭に立ち進んでいく。

 ゴツゴツとした岩肌を下って暫くすると、ゴブリンを発見した。

 ヨツカが剣を抜く。

 ゴブリンは抵抗する間もなくその首を斬り落とされた。このくらいは楽勝らしい。


「結構強いですね。ジョブの恩恵もないのに動きがとても綺麗です。運動神経が良いんでしょうか」


 テルラがカメラに語りかける。

 ヨツカはその場で足を止め、ロナ達を振り返った。

 片手でゴブリンの死体を持ち上げ、首を傾げる。


「あ、剥ぎ取りは結構です。時間もありませんし、どうせ大した金額になりませんから」


 ドサリと死体が地面に投げ捨てられ、探索が続行された。

 階層を下り、順調に敵を倒して進んでいく。

 スライムが現れた。正面から飛びかかってくるそれを、ヨツカは左手で掴み取る。

 三度、スライムを地面へ叩きつけ、それから彼は生きたまま、それをロナの前まで持ってきた。


「テイムしろってことかな?」

「良いね、それ。スライムの育成ってテイマーの実力がモロに出るって言うし、面白そうじゃない?」


 スライムの進化は分岐が多く、テイムされた事例も多くてどの進化がどれだけ発生しやすいかのデータも揃っていることから、テイマーの力を図る試金石となっていた。確率の低い上位の進化を一発で引けたなら、そのテイマーは高い実力を秘めている可能性が強いというわけだ。

 いきなり実力を丸裸にされるようで緊張はあったが、確かに面白そうではある。


「じゃあ、やってみます」

「頑張って」


 ヨツカが差し出しているスライムに手を翳し、テイマーの力を行使した。

 無事、テイムに成功する。スライムもテイム出来ないポンコツテイマーとしてデビューすることにならなくて安心。


「出来ました」

「皆さん、ロナちゃんの初テイム……じゃないや。ロナちゃんが初めてモンスターらしいモンスターをテイムしました。拍手!」


 気になってスマホを取り出してみると、お祝いのコメントが並んでいた。


「あ、――さん、――さん、お祝いありがとうございます。――さん、――さん、――さんも、ありがとうございます」


 次々に投げ銭が送られてくる。万単位の金銭を受け取ることに身が引き締まる思い。

『名前はどうするんですか?』というコメントが流れてくる。


「名前……私が決めていい?」

「勿論。ロナちゃんのモンスターなんだから」


 テルラがロナの言葉に笑う。

 ロナは未だヨツカの手にあったスライムを受け取った。案外ずっしりしている。その透明な青いボディをじっと見つめ、何らか思い浮かぶのを待った。フィーリングという奴だ。


「ペンタ」


 テルラがちょっと笑った。


『ペンタ』

『ペンタ可愛い』


 コメント欄は好感触。

 ヨツカは無表情。


「ペンタね。宜しくねー、ペンタ」


 テルラが指先でペンタをつつく。「これ面白いね」と、暫くスライムの感触を二人で楽しんだ。

 一頻り愛でたところでヨツカがペンタをむんずと掴み、ダンジョン探索へと戻っていった。

 ペンタはどうするつもりだろう。

 骸骨の背に先導されながら、再びダンジョン内を進む。


 四足獣型のモンスターに遭遇すると、ヨツカはペンタを天井に向けて投げつけた。あの愛らしいスライムを。

 ペンタは天井に着弾すると、その岩肌を蹴ったように勢い良く相対するモンスターに向けて落下していった。

 モンスターの頭部にスライムが直撃する。


 敵が倒れた。

 ヨツカが近づいていって、倒れて動かなくなったモンスターの首を刎ねる。

 しかもその剣に付いた血を、左手に掴んだペンタで拭う。

 なんてことを。


「成程ねー。スライムってあんな使い方出来るんだ。良いコンビネーションじゃん」

「ペンタが……」

「スライムなんだから血液くらい吸収して分解出来るでしょ」


 ヨツカがペンタをテイムさせたのは、便利な道具として、ということだろうか。

 その後もヨツカは同様のやり方でモンスターを屠っていった。


『ペンタが強い』

『ペンタ君優秀』

『期待の大型新人来ましたね』

『ただのスライムが活躍してるだと……!?』


 視聴者からは概ね好評。


『ヨツカ君容赦なさ過ぎて笑う』

『人の心とかなさそう。魔王だろこれ』


 もうちょっとペンタに優しくして欲しい。


「ヨツカさん、そろそろ時間なんで、帰りましょっか」


 テルラのその言葉を合図に、三人と一匹は来た道を引き返した。

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