第41話 初日《ロナ》

 悲鳴が聞こえた気がして、ロナは目を覚ました。周囲は暗い。バタバタとした足音が聞こえる。

 起き上がって寝室の入り口を見ていると、そこから母親が飛び込んできた。


「ロナ! ロナ!」


 見たこともないような必死の形相の母に両肩を捕まれ、揺さぶられる。


「無事? あっちに、何か変な骸骨が」


 あ、母に連絡しておくのを忘れていた。

 やってしまったな。


「お母さん、大丈夫だから、落ち着いて」

「でも、でも、何なのあれ。貴方何かしたの……? きゃっ!!」


 息を整えながら自身がやって来た方を振り返った母はまた悲鳴。寝室の入り口からヨツカが覗き込んでいた。

 母は彼を見て、ロナを抱きしめながら振るえている。

 ヨツカはペコリと一礼し、居間へと戻っていった。


「あの人は私がテイムしてきたモンスターだよ。ほら、今日ダンジョン行くって言ったでしょ?」

「ダンジョン……? あ、ああ、そうね。そうだったわ。モンスター……ああいうのもいるのね。知らなかった」


 徐々に落ち着きを取り戻していく母。そこへロナは昼間経験した出来事を語って聞かせた。


「ああ! その話ならお客さんから教えてもらったわ。昼間こんなニュースがあったって。話半分に聞いてたけど、本当だったのね。まさかロナが当事者だったなんて」

「さっきはモンスターだって言ったけど、半分以上人間みたいな感じで、いきなり知らない男の人を家に置くような格好になっちゃうんだけど、いい?」


 改めて伺いを立てる。


「男の人ね……。いいんじゃない? もう引き取っちゃったんでしょ? ダンジョンで男を引っかけてくるなんて流石私の娘だわ」


 はー、安心したらお腹空いてきちゃった。

 若干心外な物言いと共に母も居間へと去っていく。「ヨツカさん宜しくね」という声が聞こえた。外行きの声だった。居間から明かりが差してくる。

 寝室の扉は開きっぱなし。

 戸を閉めに行くと、居間ではロナのパソコンで何かしているヨツカと、バッグから取り出した缶チューハイを呷りながら作り置きしておいた食事に手を付ける母の姿。


 特に問題はなさそうだな。

 そう判断したロナは扉を閉めて再び眠りに就いた。

 それからどのくらい経過したのか、また悲鳴で起こされる。目を開けて見れば薄明るい室内、隣の布団には寝ている母。

 先程の悲鳴は外から聞こえた気がする。

 嫌な予感がして寝室を出ると、案の定ヨツカの姿がなかった。


 靴を履いて急ぎ家の外へ。

 悲鳴の主を探して移動すると、二階から一階へ下りる途中の踊り場で立ち竦んでいる同じアパートの女性の姿。

 その視線の先には剣を手にした骸骨。どうやら素振りに勤しんでいるようだ。

 それを目撃した女性が驚いて悲鳴を上げたのだろう。

 ロナが女性に声をかける前に、また別な驚きの声が上がる。声の方向からして、同じく悲鳴に反応して出てきた一階の住人がヨツカを見て驚いたのだと思われる。


 ご近所さんへの対応は考えていなかったな。

 家の周りを人骨がうろついていたらそれは驚くだろう。

 ほったらかしておいて自然に慣れてもらうのを待ったら駄目かな。それが一番良い気がするけれど。


 同じアパートの人達にくらいは挨拶して回らなければならないだろうか。

 そういうのは苦手なのだが。文句を言われそうで怖くもあるし。

 取り敢えず、目の前の相手にだけは説明しておこう。知っている相手だ。


「すみません、彼、私のテイムモンスターです」

「あ、ロナちゃん」


 背後から声をかけられた女性が振り向く。


「あれって、もしかしてニュースになってた、高校生の?」


 どうやら彼女も既にヨツカの復活事件は知っている様子。


「はい。ダンジョンで……モンスターになっていたところを私がテイムして、これから一緒に暮らすことになりました」

「そ、そうなんだ。いや、ごめんね。話には聞いてたけど、まさかこんな近くにいるとは思わなくて。朝から大きな声出しちゃった」

「こちらこそ、ごめんなさい。ちゃんと挨拶しておけば良かったですね」

「いいの、いいの、どうせびっくりしたのは同じだし」

「どうしたの? 何があったの?」


 話していると、一階の方から男性の住人が歩いてきた。


「ちょっと、あれ見て驚いちゃって」

「あれ何?」

「例の、ニュースになってた高校生探索者君だそうです。こっちの子がテイムしてきたそうで」

「ああ、やっぱり例のか。そうか……。若いのに大変だねぇ」


 何事もないならいいんだよ。そう言って男性は戻っていった。

 女性とも別れ、ロナはヨツカに声をかけるべく寄っていく。


「ヨツカさん、ここだと出てきた皆さんをいきなり驚かせてしまうので……素振りは、もう少し別な場所でお願いします」


 ヨツカは頷くと剣を仕舞う。その場は二人で部屋へと戻った。

 それからロナは幾らか寝直し、洗濯機を回しつつ母と自分の朝食の準備をして、自分の分を食べ、外出の準備を整える。

 洗濯物を干して、ヨツカに外出の予定はあるか尋ねた。


「私はこれから出かけてきますけど、ヨツカさんはどうなさいますか? どこかにお出かけしますか? ……私も同行した方が良さそうですか? そうですか」


 一人でどこかへ出かけるらしい。どこへいつまで出かけるつもりか分からないので、母と自分がいない時間は家の鍵が閉まっていることだけ断っておく。

 ヨツカが少し先に家を出て、ロナは荷物を手にして遅れて家を出た。

 それから彼の実家へ向かうまでの道すがら、その背中は常に視線の先にあった。

 もしかして、彼も実家を尋ねるつもりでいるのだろうか。


 追いかけてその隣に並ぶでもなく、黙って観察しながら歩いていると、遂にロナの目的地の前にヨツカが到着する。

 しかしながら予想に反して、彼はその前を素通りした。

 そしてそのまま何軒かの家の前を通過し、立ち止まった。

 門前に立ち、彼はその家をじっと見上げる。


 知り合いを尋ねに来たのだろうか。

 ロナが赤羽家の前に到着したのと同じタイミングで、ヨツカは何もせずその家の前から立ち去っていった。

 インターホンを鳴らしアマネを呼び出す。


「おはようございます。兄の衣類ですね。こちらに用意しておきました」

「あ、ありがとうございます」


 僅かな衣類の入った紙袋を受け取った。


「少ないですけど、それで全部みたいで」

「あまり服装に拘りはない方だったんですね。……あの、因みにヨツカさんって、生前にパソコンお持ちだったりしませんでした?」

「あったはずです。必要そうですか?」

「はい」

「では持ってきます。……折角ですから、兄の部屋に上がってみますか? それでもし必要そうな物があったら持っていって頂いて構いませんから」


 そうした誘いを受け、ロナは家の中に上がり込んだ。階段を上がり、ヨツカの部屋へ案内される。

 他人の部屋を見てきた経験はそれ程ない。特に男性のそれとなれば皆無だ。

 整頓されたきれいな部屋だった。比較対象は少ないのだが、テルラのそれに比べればずっと物が少ない。

 アマネが彼の机を物色してノートパソコンを見つけ出す。それを持ってきていたバッグに詰め込みながら、他に何か彼の役に立ちそうな物はないかと室内を観察した。


 高校の教科書、参考書類は、もう必要ないだろう。

 本を何冊か持っていって上げようか。でもあの指がページを捲るのに適しているようには思えない。

 木刀が目に着いた。これはどうだろうか。今朝は真剣で素振りをしていたが。素振り用の物もあったら役に立つだろうか。でもこれだとあの指からすっぽ抜けそうな。

 机の中身まで含めて物色して、財布とバッグくらいは何かの役に立つこともあるだろうと持って帰ることにした。


「お金、兄にも出るんですか?」

「まだ具体的な相談はしていませんけど、そうなると思います」


 彼はただのモンスターではなく人の意志を持っているのだし、無賃でこき使うわけにも行くまい。


「ありがとうございます。兄を、人として尊重して頂いているようで」

「いえ、そんな」


 そのままヨツカのための荷物を持って、赤羽家を後にした。


「そういえば、あちらのお宅って、ヨツカさんのお知り合いのお家ですか?」


 去り際、アマネに気になっていたことを聞いてみる。


「ああ…………そうですね。兄の幼馴染の家です」

「そうなんですね」

「何かあったんですか?」

「ヨツカさんが先程、あの家の前で足を止めて、じっと見上げてらしたので」

「…………そうですか」


 幼馴染に顔を見せようか迷って、結局諦めたということか。だとしたらそこにどんな葛藤があったのだろう。想像してみるとしんみりする。アマネの顔色も冴えなかった。

 彼女と別れ、ロナは次にテルラの家を目指した。

 ヨツカの効果で集まった視聴者をどうやって取り込んでいくか、そのことについて話し合う。明日からの予定を組んで、その日はヨツカ抜きでライブ配信を行い、解散した。

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