第24話 最後
「ヨツカ君」
アザミまでこの場に来てしまった。ヒカリも。
「ここは敵の斬撃の射程内だ。もっと下がって」
俺自身はあまり距離を取ってしまうと精霊の力が落ちるのでこれ以上下がれない。
「でも、グミちゃんの結界支援があるから」
「深層モンスター相手に用をなす強度じゃないでしょ」
「え、深層!?」
傍らのヒデタツが驚きの声を上げる。
それに対して俺も驚いた。
「知らないで来たのか!」
「オレ達はただ、見慣れないモンスター相手に手こずってるとしか……」
「お願いだから下がってくれ。ついでにあの三人も下がらせてくれ」
デュラハンの剣が輝く前に。
「分かった」
ヒデタツが答えたその時にはしかし、既にムツオ達は前線の戦いに参加してしまっていた。
どうやらデュラハンの包囲を狙っているようだが、敵がむざむざ囲まれてくれるはずもなく、その攻撃の対象はテュルから三人へと移り変わる。
攻撃を向けられた大斧使い、バクはその得物で攻撃を受けてしまう。エンチャントと結界があるので受けられると思ったのだろう。或いは素のデュラハンの攻撃だったならば実際に受け止められたかもしれない。
しかし今回放たれたそれはイアンガにより強化された超重量の一撃である。
斧と結界が破壊され、バクに致命的な一撃が入ってしまった。
人間の首が宙を舞う。
「あ」
傍らで間の抜けた声。
サモン、グレートマザー。
イフリートとリンネアを消し去り、俺は新たな精霊を召喚した。流石に出し惜しんでいる場合ではない。
女の姿をした精霊が前線へと向かっていく。
同時に俺はテュルに攻撃の手を激しくさせた。
幸いにして現在はヒデタツのエンチャントが付与されている。大振りの一撃に頼らずとも多少のダメージを入れられる見込みがあることからこれまでとは違った攻め方が出来て、デュラハンの注意をムツオ達から引き戻すことに成功する。
その隙きにグレートマザーがバクの頭部と胴体を回収した。
頭部が切断されてから十秒も経っていない。試したことはないが、今ならばまだ間に合うのではないか。
精霊の放つ治癒の光がバクの頭と身体を覆った。彼女の手で支えられ、くっつけられていた首が繋がっていく。
取り敢えず出来るだけのことはした。後は後遺症もなく復活しているか、きれいな死体が出来上がっているか、二つに一つだ。
負担の大きい精霊なので、用が済み次第グレートマザーは送還する。
ここまで来たら出し惜しみはなし。
テュルも引っ込める。
サモン、オーディン。
俺は手持ちの中で最強の戦力を召喚した。
長い白髪と白い髭、隻眼の男がそこにいた。白い衣を身に纏い、長大な剣を持っている。
目の前で戦っていた相手が消失したデュラハンはその剣を光らせ、手近にいるムツオ達でなくこちらを、オーディンを狙っている。脅威を感じたのかもしれない。
俺達に向けて、輝きを帯びた剣が横薙ぎに振り抜かれた。
魔法の斬撃が飛来する。
対して、オーディンもまた、その左手を横薙ぎに振り抜く。するとその手から光が放たれて斬撃と衝突。両者はその場で消滅した。
やっぱ強いなこいつ。
その様を見て俺は改めて感心する。あれだけ脅威だった攻撃があっさりと無力化された。
オーディンは精霊らしく宙を舞って一瞬でデュラハンへと接近。
その剣は白い光に包まれていた。
光の正体は炎。
灼熱を纏った一閃がモンスターを襲う。
左肩から右脇腹にかけて、デュラハンは切断された。
重たい鎧が大きな音を立てて床に倒れ伏す。断面は溶けていた。
動かなくなったそれを確認して、イアンガとオーディンを送還。
「あ、終わってる」
代わりにリンネアを再召喚。
「どうやって勝ったの?」
「オーディンを呼んだ」
「そっか」
答えを聞き終えると、彼女はデュラハンの死骸を確認しに飛んでいった。
「バク!」
ムツオとレンが倒れている仲間へと大きな声で呼びかけている。ヒデタツもそちらへと駆けていった。
その後姿を見送って、背後に振り返る。
「バク君、どうなったの?」
「首と胴体を精霊の治癒魔法で繋げました。切断された直後だったので、ひょっとしたら助かっている可能性もあります」
ヒカリに問われて答えた。
「容態は!?」
ヒカリが俺の肩越しに、ムツオ達へ大声で尋ねた。
「息はあります!」
「ちょっと見てくる」
ヒカリはバクの下へ駆けていった。
「大丈夫かな?」
「かなり高位の精霊を使ったから、息がある以上しっかり治癒してると思う」
アザミが一度、バクの方へ視線を送る。それから彼女は「ごめんなさい」と言った。
「必要なかったよね、わたし達」
「いや…………まあ」
否定の台詞を吐こうとして言葉を紡ぎそびれる。
「コメントで、この先でヨツカ君がピンチだって聞かされて……。でもよく考えたらヨツカ君がこの辺のモンスター相手に苦戦するはずなかったね」
「……でも、心配して駆けつけてくれたこと自体は嬉しいよ。ありがとう」
落ち込んでいる様子の彼女を元気付けたくて、空々しいことを言ってしまう。
「それと、視聴者の皆さんにもご心配おかけしたようで申し訳ありません。出し惜しみせずにさっさと片付けるべきでしたね」
建前として、カメラに向かっても謝っておいた。
実際には、探索配信なんて視聴者を心配させてなんぼなのだが。彼らもカメラと出演者を介し、スリルを楽しみたくて視聴しているはず。ダンジョン探索配信なんてそんなものだ。
「ヨツカ君は、怪我とかないよね?」
「うん、俺は無傷」
「良かったぁ」
アザミがホッとした様子を見せる。
「ヨツカ!!」
唐突に、背後でリンネアが声を上げる。切羽詰まった様子のそれに驚いて振り返ると、巨大な剣がこちらに向かって宙を飛んでくる光景が目に入る。
その向こうには剣を投擲したらしきデュラハンの半身の姿。
左肩から下半身までを失った身体であの巨剣を投げてみせたのか。
完全に油断していた。
あの状態で息があり、しかも動けるなんて。
剣は既に目前で、召喚は間に合わない。
しかもその軌道は俺を捉えておらず、直ぐ傍にいたアザミを捉えていた。
反射的に彼女を突き飛ばす。代わりに俺の身体が射線に入る。
失敗した。
剣に身体を貫かれながら、即座にその選択の誤りを悔いた。合理的に考えるならアザミが剣に貫かれるのを見送って、それから直ちにグレートマザーを召喚するべきだった。そうしたら確実に治療を済ませ、事なきを得られただろう。
俺自身がやられたとなると、剣を身体から抜いて傷を治癒するまでの間、意識を保てるかどうか。先に気を失ったら死ぬ。
一瞬のドライな思考を巡らせながら、俺は剣に串刺しにされて吹き飛んだ。
地面に叩きつけられ、数度跳ねてやっと止まる。
すると今度は倒れた先の床が光りだした。
転移トラップが作動したらしい。次の瞬間にはそれまでと異なった空間に存在していた。
サモン、グレートマザー。
気にしている場合でもなく、俺はグレートマザーを召喚して治療に取り掛かる。
だが、どうやら駄目そうだ。
激痛が駆け巡っている。口からは吐血。剣の刺さっている位置からしてどう考えても心臓と肺をやられており、呼吸が出来ない。最早召喚を維持するどころでさえなかった。
剣を中途半端に引き抜きかけ、出血が増えた段階で、グレートマザーが消えていく。
リンネアさえ維持出来なくなったのを感じる。
意識が遠のいていく。
終わった。
これが探索者だ。
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