第23話 望まぬ増援

「デュラハン強いですね」


 飛んできた斬撃を躱しながら視聴者向けに感想を述べる。普段そうしたことはしないのだが、少々戦闘が長引いてしまっているので心配している者もいるかと思い、そちらへの配慮だ。余裕があることをアピール。

 前方では首のない鎧の戦士と精霊が戦っている。

 デュラハンは深層でも下の方に出現するモンスターだ。そんなものと下層上部で遭遇するのはとびきり運が悪い。或いはこんなことが起きるくらい、このダンジョンの深層ではモンスターが溢れつつあるのかもしれない。嫌な可能性だ。

 こちらは剣の精霊テュルを先頭立たせデュラハンと対峙させている。更にその後方へ引力と斥力の精霊イアンガと炎の精霊イフリートを展開して支援を行っていた。


 最初、俺はテュル一体での討伐を試みたのだが、それが無謀であることは直ぐに分かった。純粋な剣技だけで見ればテュルが上手に見えたが、デュラハンは純粋な剣技だけの相手ではなかった。

 第一に頑強な全身鎧を着込んでいる。

 第二に、その攻撃手段。今それが目の前で再び展開される。

 デュラハンの剣が輝いた。直後、一閃。すると剣撃の先から光線が。飛ぶ斬撃だ。


 テュルがそれを回避する。防御は出来ない。盾でも持っていれば別なのだが、テュルにあるのは剣一本だ。例えば水の出ているホースを横一文字に振り抜かれたとして、木刀一本で濡れないようにその水を防ぎきってみろと言われたら如何な達人でも不可能だろう。回避するしかない。

 そして回避された斬撃は俺の方へと向かってくる。デュラハンは必ず、俺とテュルを同一射線上に捉えて斬撃を放ってくるのだ。サモナーへ適切に対処するくらいの知識と知恵があるらしい。モンスターの頭の中はどうなっているのやら。

 目の前のモンスターに限って言えば頭はないのだが。


 俺もまた斬撃を躱す。最初にこの攻撃を打たれた際はかなり肝を冷やしたものだが、今は随分目が慣れてきていた。

 イアンガがデュラハンの重量を可能な限り嵩増しさせ、その動きを鈍らせている。それもまた俺が攻撃を回避しやすくなった一因だ。

 ただこれには問題もあって、敵の重量が増していることからその一撃も強烈になっているはずで、接近して相対しているテュルには通常の攻撃に対してでさえ防御という選択肢がなくなってしまっている。従ってテュルは全ての攻撃を躱し反撃に転じる必要があった。

 これが結構厳しい。


 デュラハンの纏う装甲にダメージを通そうと思ったら大振りの渾身の一撃を叩き込まなければならないのだが、動きが鈍って尚、敵はそこまでの隙きを中々晒してくれない。

 それに、仮に攻撃出来たとしてもどこまであの鎧を斬り裂けるものなのか。一刀両断出来るのかもしれないし、ちょっとした裂傷程度に留まるかもしれない。流石に無傷とはならないだろうが。

 そういうわけでテュル、イアンガに加えイフリートを召喚し、隙きを見て攻撃させていた。鎧の上からこんがり焼き尽くしてやろうという算段である。


 ところが何度炎の直撃を受けても奴は倒れない。平然と武器を振るい続ける。あの鎧が断熱仕様ということはないだろうし、中は熱に強い肉体をしているのだと思われる。或いは単に生命力の問題か。

 せめて肉眼で視野を確保しているタイプだったら炎が目眩ましくらいにはなったのに。目に頼らず周辺の情報を感知出来るのだろう。近接戦闘系のジョブが極まるとそういう芸当が可能になるらしいので、多分同じようなことをしているのだ。

 テュル、イアンガ、イフリート、それと常時出しっぱなしで、今は後方からモンスターが来ないか警戒しているリンネア、デュラハンの攻撃を回避しながら展開出来るのはこれで限界だ。


 さてどうするか。

 勝つだけなら実は簡単だ。テュルとイフリートを引っ込めて切り札を切ればよい。

 ただ、出来れば今出している中等とでも呼ぶべき精霊達でどうにかしてやりたい気持ちがあった。

 そこには出し惜しみの側面がある。未公開の精霊はアザミとの配信まで温存して、明日彼女のチャンネルで視聴者を驚かせてやりたい気持ちがあった。


 それに何より、中等の精霊で深層のモンスターを狩ることに魅力を感じていた。それこそサモナーとしての腕の見せ所のように感じられてならなかった。精霊を使役する者としての工夫の力を試したかった。

 頭の片隅で良くない思考だなと思いつつ、戦況は五分だし、魔力にも余裕はあるのだから無謀な試みではないだろうと粘り続けてしまっていた。

 その時、後ろからリンネアの声がする。


「ヨツカ」


 と同時、またデュラハンの斬撃が飛んできた。それも今度は複数回続けて。

 これまでにない動きだ。あの斬撃も魔力を消費して撃っているはずだし、それをここに来て連発しだしたということは向こうにも余裕がなくなってきたか、そうでなくとも幾らかダメージが通っている可能性がある。

 斬撃を躱しながら考えた。


「人が来ちゃった。警告したのにこっち向かってる」

「は?」


 この忙しい時に面倒な。何故精霊に止められて態々向かってくるのか。召喚主であるサモナーが加勢を拒否しているということなのに。

 場を荒らされる前に諦めて切り札を切ろうか。

 そう思案している間に、望まぬ増援が到着してしまった。


「加勢します!」


 再び飛んできた斬撃を回避した直後、背後から男の声。


「必要ありません」

「強がらないで下さい。戦闘が長時間に渡っているのは聞き及んでいます。それに後衛の貴方まで直接狙われている状態じゃないですか」


 やって来たのはムツオだった。その仲間二人と共に俺の拒絶も聞かず前に出ていってしまう。

 強がりか。

 彼の台詞から大凡の経緯は察せられた。俺が苦戦していると勘違いした視聴者が、この近くまで来ていたムツオ達の配信に対しその状況を書き込んだのだろう。

 如何せん時間をかけすぎた。そのように勘違いされたとしても仕方がない。


 ムツオの言った通り、後衛が攻撃に晒され続けているというのも普通に考えたら窮地だ。俺は普段テュル相手に鍛えているだけあってその限りではないのだが、非近接ジョブの回避、防御能力などたかが知れていることが多いので、傍目にはかなりの危機に思えるのだろう。

 そうは言っても他人の戦闘に無断で割って入ることはその後の取り分で揉める可能性もあることから避けるべきこととされているのだが。今回はその辺りの常識を優先させて欲しかった。

 相手が深層のモンスターにも関わらず飛び込んでくるその勇気には感心するが。いや、ここも無謀と呆れるべき場面か。


「支援します」


 杖を持った男が隣に並んできてそう言った。確かヒデタツといったはず。

 彼が杖を掲げるとムツオ達とテュルの持つ武器が輝いた。

 精霊の武器にもエンチャントが可能なのか。これは知らなかった。

 それよりも、俺にとっては重大な問題がある。背後から更に続いてくる足音だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る