第13話 乾いた将来像

「うち、いつも両親の帰りが遅くて」


 言いながら、アザミがお茶を出してきたので礼を言って受け取る。


「お仕事忙しいんだ」

「そうみたい。いっつも夜中に帰ってきて、土日まで忙しくしてるの。……ほんとに仕事だけなのかは知らないけど」


 最後、ちょっと不穏な言葉が聞こえてきて反応に困り、茶を口にする。


「ま、今はこの子達がいるからいいんだけどね」


 昔は寂しかったということだろう。先程まで距離を置いていたモンスター達はアザミが着席すると、その傍らに寄り添っていた。


「仲が良いんだね」

「モンスターテイマーだもの。このくらいはね。ヨツカ君はどうなの?」

「アマネとってこと?」

「それもだけど、精霊さんとも。配信見たの。リンネアちゃんとか仲良さそうだったけど、家にいるときも呼んだりする?」

「そういうのはないかな。呼んだら賑やかそうだけど、落ち着かなくなりそう」


 精霊を出しっぱなしでは俺が寛げない。


「アマネちゃんとは?」

「別段悪いってわけではないと思うけど。そういえばこの前、面と向かって探索者になるの反対されたな」

「前にちょっと話したけど、とても心配してるみたいね」

「社会的に必要な仕事なんだって諭したんだけど、中々分かってもらえなくて」

「身内のこととなると心配よね。幾ら、ヨツカ君が強くても……」

「それは分かるよ。まして親父が死んでそんなに経ってないし」


 親父も強かったし、ベテランだったがそれでも死んだ。高校生の兄に対しては尚更危なっかしく見えるだろう。


「嫌がられながらでも潜るさ。社会のためにね」

「死ぬのとか、怖くないの?」

「怖いけど、まあいいかなって。言っても仕方ないことだし」

「あまり、命を重く考えないタイプなのかな」

「そうだね。アマネには先進的だって皮肉られたよ」

「わたしも、どっちかっていうとヨツカ君のタイプかな。どうしても命が重いって感じられないの。軽くて儚くて、掃いて捨てられるような」


 アザミは一旦言葉を切り、遠くを見つめるような目をした。


「でも、アマネちゃんにとっては重たい命なのよね。…………わたしもそんなふうに大事にされてみたかったな」

「大事にされてるんじゃない?」


 先程の不穏な言葉を思い出しつつ、それでも一応言ってみる。


「わたしがモンスターを飼いたいって言った時、あの二人、自分で育ててねって言ったのよ。折角だからダンジョンに潜ってお金を稼いでくればいいでしょって。大して興味もなさそうに」


 そう言って、アザミがナイトを撫でる。

 それを聞いて、無言にならざるを得なかった。


「まあ、実際モンスターを飼うとストレス発散のために、多少はダンジョンに連れて行って上げなくちゃならないから、それ自体は別にいいんだけど」

「それでも、周りの皆は大事に思ってるさ」

「クラスの皆や配信の視聴者さん? でも、そういうのじゃないの。もっと、わたしが死んでも明日からまたいつも通りの日常を歩めるような人達じゃなくて」


 言わんとするところは分からなくもない。

 要するに愛情に飢えているのだろう。

 或いは深く心配してくれる人がいる俺には分からない感覚なのか。


「正直ね…………卑しい話だけど、自分のやってることがただ代替品を集め続けてるだけなんじゃないかって思うことがあるの」

「代替品?」

「ナイちゃん達を集めたのは家族の代わり、配信をして視聴者さんを集めてるのは得られなかった愛情の代わり、わたしは一生懸命自分の欠陥を埋めようとしているだけなんじゃないかって。埋まることなんてないのに」

「…………でも、集まったものにも価値はあったんじゃない?」

「うん。仮に代替品だとしても、わたしにとっては皆掛け替えがなくて大事なもの。そしてこれからも集め続けるんだと思う。もっとモンスターを増やして、もっと沢山の視聴者さんに見てもらえるよう努力して。…………それに、まだ試してないものにも、もしかしたらって期待して手をのばすの」

「その試してないものって?」

「男の人」


 その生々しい回答に、お茶へと伸ばしかけていた手が止まる。それに構わず、アザミは続けた。


「今時女の人は早く結婚して出産してなんぼって言われるでしょ?」

「確かに、そういう風潮はあるよね」


 昔はそうでもなかったらしいが、ただでさえ少子化だったところにダンジョンが登場して、人手は必要になるし、若年層の死者数が一気に跳ね上がるしで、女性に出産を求める風潮が強まっていったと教わった。

 ダンジョンに潜って死ぬのは比率として男性が多く、それによる人口比の崩れを理由に近年では一夫多妻も解禁されている。


「わたしもね、早くに結婚して出産した方が良いのかなーって考えたりするの。そうするとね、旦那さんとか子供って、要するに家族でしょ? 新しい家族が出来たら今度こそ胸の中の欠落が埋まるんじゃないかって……。駄目よね。そういうおかしな考えで結婚したら失敗する気がする。でも多分止められない。この人ならって、変な夢を見て失敗しそう」

「……相手っているの?」

「今のところは」


 アザミが首を振る。


「でも、これでも声をかけてくる人は多いの。わたしみたいに愛情に飢えてるタイプって良くない男の人に引っかかるイメージだし、自分でもどうなるのかなって感じ」

「何か、物凄く自分のことを俯瞰してるね」

「そうかな? ヨツカ君はどうなの? 結婚とか考えたりする?」

「俺は特に考えてないかな。彼女とか出来る気配もないし」

「ソロで下層探索が出来るんだから上級探索者でしょう? 今回のことでヨツカ君の実力も認知されたし、これからモテるんじゃない?」

「結局、結婚するなら正社員って言うじゃん?」


 一般的に、いつ死ぬか分からない探索者の結婚相手としての人気は低いと言われる。反面、モテるという話もあるのだが。実態はよく分からなかった。


「実際、早くにくたばる可能性もあるし、どっちかっていうと末代になる可能性の方が頭を過るかな」

「……じゃあ、ヨツカ君も結婚と子供は早い方が良いね」

「でもいつ死ぬか分からないのにそれって無責任な感じしない?」

「しないわ。探索者の死は社会へ貢献した結果だもの」


 そういう考え方もあるか。というよりネット上でよく目にする意見でもある。どちらかというとアザミの言っていることの方が主流だろう。


「まあ、特別、結婚を忌避してるわけではないよ」

「そっか」


 そう言うと、アザミは自身の分のお茶を口に含む。


「因みに、ヨツカ君の好みってどんな人?」

「…………完全に見た目重視かな。性格は……我ながら酷い言い草だけど、邪魔にならなければ何でも」


 するとアザミは笑った。


「結構ドライだね」

「そうだと思う。因みにアザミさんの好みは?」

「わたしは…………安心出来る人、かな?」

「曖昧だね」

「うん、凄く曖昧。だから簡単に間違えそう」


 俺を見て、何故かアザミは微笑んだ。

 それからまた暫し雑談に興じ、流石にアマネが待っているからと俺は彼女の家を後にした。この時間だと母も帰っているだろう。夕飯作りはアマネが担っている。

 アザミの家から自宅までの短い夜道を木刀片手に歩く。結婚や子供の話となると、卒業後の進路以上に、もう直大人になるのだなと感じさせられた。


 アザミはどんな男と結ばれるのだろう。本人の口振りではあまり前向きな未来像を持っていなさそうだったが。

 自分が結ばれるとしたら、どんな相手だろう。

 出来るだけ顔とスタイルの良い女がいいな。そう思う。どうせ自分が老いぼれるまで長く連れ添うイメージを持てない。親父くらいの年齢、つまり四十を待たずに俺も死にそうな気がする。それまでの若い時間、出来るだけ性的な満足を与えてくれる女がいい。

 俺がアザミの相手になれたらな。そんなことを空想した。

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