第12話 日課

 学校からの帰宅後、制服から着替え、木刀を持って家を出る。そのまま近くの河川敷まで向かって、そこでテュルを呼び出した。

 武器を構えテュルと向かい合う。

 こちらに向かって峰打ちで打ち込んでくるテュルの攻撃を躱し、回避が間に合わない場合には木刀で防御する。そして隙きを見てこちらから打ち込んでみるが、これは全く通用しない。

 段々とテュルの剣速が上がっていき、やがてこちらの反応が間に合わなくなると、首筋にテュルの剣が突きつけられて止まる。

 それから一度距離を取り、また同じことの繰り返し。

 いつもの訓練風景だ。


 魔法系のジョブでもある程度近接戦に対応出来るようになっておけ。親父の教えの一つである。それに従って剣の精霊を相手に鍛えていた。上層のモンスターくらいならば精霊に頼らず倒せるのではないだろうか。敢えて試そうとも思わないが。

 モンスターの遠距離攻撃への対応など、この訓練で培った反応速度はそれなりに活きている。

 モンスターに接近されるような失態を犯したことはない。


 暫くして体力が尽きるとテュルの召喚を止め、俺はその場に腰を下ろした。少しの間息を整え、それから姿勢を正して瞑想に入る。

 アザミとの約束の日まで一週間足らず。それまでの間に何か新しい精霊と契約出来たりしないだろうか。視聴者を楽しませられるようにと頭を捻って出てきたのはそんな単純な、尚且実現可能性の低いものだった。

 有名所の精霊は一通り召喚出来るので、今から新しく何かを呼べるようになればそれは必然、珍しい類の精霊になるだろう。もし成功すればそれなりに配信の足しとなるはず。


 それに俺自身も、そろそろ深層の探索を視野に入れたいため、新しい戦力を求めていた。

 とはいえ新しい精霊と交信するための瞑想なんて普段からやっていることだし、一週間足らずでそれが叶うなら苦労はしないという話なので、あまり期待出来たものではないが。ただちょっと、瞑想時間を多めに取るだけのことである。後は普段やっているような、集中力を鍛えるために可能な限りの精霊を同時召喚しながら瞑想を行うといったこともしない。交信に専念だ。


 目を閉じ、集中していると、己の中の精神世界のあちこちに見知らぬ何かが息づいているような感覚。一部のサモナーにだけ分かる感覚らしい。だからといって精霊との交信が早まるわけではないそうだが。

 気配の一つを手繰り寄せるようにして、俺は瞑想に耽っていった。

 それは千里の道を思わせるような距離だった。

 案外近いな。それでも、俺の感想は前向き。精霊との交信としては大分近い方だ。万里でないだけマシである。


 因みに、自室ではなくこうして外で瞑想しているのは、その方が若干、効果が高いように感じるから。

 瞼の向こうと肌に感じる日差しの感覚がすっかりなくなって随分した頃、俺は目を開けた。

 一日分の成果を感じながら立ち上がる。大体のサモナー、精神世界に息づく精霊の気配が分からないタイプのサモナーはここで、全く成果を感じられないまま立ち上がることになるらしい。ある時ふと精霊との間に繋がりが出来るその瞬間までは、全く手探りの努力となるわけで、辛そうだなと思う。恵まれた体質に感謝だ。


 木刀を手に、家への道を行く。

 ダンジョン帰りなのか、武器を携帯した者達が目についた。刀を腰に差した者、斧や槍を担ぐ者、杖を持っているのはメイジだろうか。向こうから来る大所帯はモンスターテイマーか。

 と思ったら、そのモンスターテイマーはアザミだった。


「ヨツカ君?」

「やあ。ダンジョン帰り?」


 返り血らしきもので汚れているナイトを見てそう尋ねた。


「ヨツカ君も?」

「いや、俺は河川敷での訓練帰り」

「そっか。お疲れ様。一緒に帰ろ?」

「うん」


 というわけで、アザミと、彼女のモンスターと一緒に並んで歩くことになった。


「もうちょっと早く会えたらヒカリちゃんも一緒だったんだけどね」

「探索の調子はどうだった?」

「バッチリ。あんなことがあって、時間を置いたら余計苦手意識が染み込みそうって言うから平日だけどダンジョンに潜ってみたの。精神面でももう大丈夫みたい」

「それは良かった」


 一度命の危機を経験した探索者が、それを機に心が折れて引退してしまうことも少なくない。そういうことにはならずに済んだようだ。

 そのまま取り留めのないことを話しながら、アザミの家の前まで辿り着いた。


「それじゃ」


 そう言って別れようとしたところ、アザミはじっと自宅を見つめてから、こう切り出した。


「ヨツカ君、時間ある?」

「時間?」


 一応、時刻を確認する。夕飯の時間はもう直ぐだったが、アザミに何か用があるというのであれば付き合いたい。


「大丈夫だけど」

「じゃあ、ちょっと家に上がっていかない?」

「え?」


 突然の誘いに、ちょっと間抜けな声が出た。


「駄目、かな? もう少しお話したくなったんだけど」

「いや……いいの?」


 ちらとアザミの家を見る。電気の消えた暗い家。親はまだ帰っていないのだろう。


「うん」

「なら、お邪魔するよ」


 どういうつもりだろう。実は何か改まった用件でもあるのだろうか。それとも本当にただ話したいだけなのか。或いはちょっと期待してみてもよいのか。

 アザミが開いた玄関の戸から「お邪魔します」と言って中に続く。電気が付けられ、リビングへと通された。


「ちょっと待っててね」


 そう言って、アザミが何かし始める。どうやらお茶を淹れてくれているらしい。

 代わりにモンスター達が寄ってきて、ソファに腰を下ろした俺へと付かず離れずの距離で視線を送ってくる。仲が良いのか、四体一塊だ。配信外の彼らの姿を見るのは新鮮である。

 いや、彼らと言ったが、確か性別のないグミ以外は雌だったか。

 試しに手を伸ばしてみたが無視されたので、ふれあいは諦めた。

 代わりに室内を観察する。

 整理された、比較的物の少ない空間。掃除は行き届いている。ただ、それらがどこか生活感の希薄さを感じさせた。整頓されていて清潔だと生活感が希薄なんて酷い言いがかりな気もするが、どこかしらそう感じさせるものがあるのだ。

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