第11話 月曜日

 月曜日、学校に登校する。正直面倒だ。もう直十八歳になるし、そうなったら直ぐに学校を止めて専業探索者になってしまいたい気持ちもあるのだが、流石に中卒というのも気が引けるので、実行に移すつもりはない。

 ただ、そろそろ不登校になってダンジョン探索に専念しても、そのまま三月には卒業出来るんじゃないかな、なんてことは考えたりする。

 多分、母に反対されるので、こちらも実行には移せないだろうが。


 通学路を歩いていると、ヒソヒソ話しながら俺を窺ってくる者がいた。何だろうか。

 そのまま校内に辿り着き、教室に入る。

 一瞬視線が集まった。中にはそのまま俺を見ながら、友人達と何らか話している者も。


「よう、王様」


 席に着き、篠岡からそのように話しかけられたことで合点がいった。


「配信見たのか」

「見た。昨日のと、後はアザミちゃんを助けた時のも。丁度リアタイで視聴してたからさ。何か色々びっくりしたよ。っていうか配信なんてやってたんだな」

「親がね、ダンジョン外からでも無事が確認出来るようにしとけと。ダンジョン探索の許可と引き換えだから仕方なくやってる」

「ああ、だからか。折角配信してるのにあんましやる気なさそうな感じだったのは。ていうかもしかして、あの唯一の古参視聴者さんって親?」

「いや、親は結局心臓に悪いからって視聴してないらしい。あれはただのリスナーさんだよ。去年くらいから俺のこと見つけてくれて、配信の度に見に来てくれてる」

「へえ。あのタイトルとチャンネル名でよく見つけられたな。タイトル日付しか書いてないじゃん。チャンネル名も『ダンジョン探索』だし」

「偶然見つけたんだってさ。俺はむしろ意図的に俺を見つけ出した今回の特定班の方が怖い」

「あれも凄いよな。どうやって探すんだか」


 思い返せばアザミを助けたその日の配信終了間際、ほんの少しとはいえ増えていたあの視聴者達、あれは極短時間で俺を特定したアザミの視聴者だったのだろう。

 本当に、どういう技術を使っているのやら。


「ところで君、下層探索者だったんだな」

「まあね」

「何で黙ってたの。流石に自慢の一つでもしたくならない?」

「まかり間違ってその翌日に死んだりしたらすげぇダサいじゃん?」

「何だそれ」

「探索者は常に死と隣り合わせなんだよ」


 初めは笑っていた篠田だったが、俺の言葉に徐々に笑みが引っ込んでいく。


「何かプロのスタンスって感じだな」

「そもそも下層探索者なんていっぱいいるし」

「いや、流石にそこは一握りだろう。ソロとか高校生とかとなると極少数だろうけど」


 正直、篠岡の言うように自身の力量を自慢したい気持ちと葛藤したこともあった。主に女子からモテないかなとか、そういう理由で。

 ただ本当のところ、やっかんで来る奴もいるよなと判断して黙っていたのだ。


「で、配信者としてはどうすんの? 折角注目集まったわけだし、そっちも注力してみる感じ?」

「そのつもりはないかな。今のとこ。収益は下層探索だけで十分だし。……でも他のサモナーさんと繋がるには良い切っ掛けか?」


 後半は半ば独り言。以前から他のサモナーと交流を深めたい気持ちはあったのだが、中々その機会がなかった。腕の立つサモナー同士であれば、まだ広く公にはなっていないような精霊の存在について情報交換出来るかもとか、そういう魂胆だ。


「やっぱりサモナーも同ジョブの人との繋がりは大事な感じ?」

「ある程度から先に進もうと思ったら大事になってくるんじゃないかな。まだ周知されてない精霊の情報とか交換出来るかもしれないし」

「そんなのいるの?」

「いると思うよ。昨日見せたイアンガだって知らない人ばかりみたいだったし。俺でさえ他にもネット検索で出てこないような精霊と繋がってるから、同じように隠し玉を持ってるサモナーさんも多いんじゃないかな」

「まだ隠し玉あんの?」

「最強の奴はまだ実戦で使ったこともないな。魔力の燃費とかの都合があって。是が非でも隠したいとかではないんだけど」


 篠岡が感心したように頷く。

 それから改めて教室を見回した。


「それにしても見られてるね君」

「……まあ、直ぐに飽きるだろ」

「一つサービスとして精霊見せてくれない?」

「駄目。単に見世物にするのは恐れ多すぎる」

「そういうものなの?」

「サモナー以外の視点からだとまるで精霊を顎で使ってるように見えるみたいだけど、基本俺達ってお願いして協力してもらってる立場だからね。不敬なことは出来ないよ」


 リンネアなら呼び出しても喜んでクラスメイトと交流してくれそうな気もするし、そもそもちょっと教室に呼び出すくらいなら問題ないとは思うが、それで今遠巻きにしている連中が寄ってきても面倒なので、そこは呼び出さないでおく。


「あっ、アザミちゃんおはよー。大丈夫だった?」


 その時、そんな声が聞こえて教室の入り口を見ると、アザミが登校してきたところだった。

 次々に人が寄っていって彼女を心配する声や無事を喜ぶ声をかける。

 遠巻きに観察されるだけだった俺とは随分な違いだな。まあ、俺は彼女のように取っつきやすくはないのだろう。

 アザミは皆への挨拶を済ませると、真っ直ぐこちらへ向かってきた。


「ヨツカ君、おはよ」

「おはよう」

「改めて、一昨日はありがとう。ヒカリちゃんも無事に目を覚まして、今はすっかり元気だって」

「それは良かった」

「今度わたしとヒカリちゃんからお礼がしたいんだけど、何がいいかな?」

「……いや、いいよ。大した手間でもなかったし」

「うーん……それじゃあ、わたし達の方で勝手に何か用意するね。受け取ってくれる?」

「まあ、それくらいは」


「それでね」と言って、アザミは一瞬視線を切り、言いづらそうな気配を示す。何だろう。


「これはわたしからのお願いっていうか、リスナーさんからの要望っていうか……今度、うちの配信にゲストとして出演してもらえないかなって」

「ゲスト?」

「サモナーとしてのヨツカ君に色々聞いてみたいって人も多くて。ギャラもちゃんと払うから、どうかな?」

「…………ゲストか」


 暫し考える。それから「いいよ」と答えた。


「良かったぁ」

「ただ、ギャラは要らない」

「そう? その回の配信の収益の折半とかは?」

「それもいい」


 クラスメイトから金を受け取ることに抵抗があった。ダンジョン探索だけでも収入は十分だし、一回無料出演するくらい負担でもない。


「分かった。それじゃあ、今度の日曜日は空いてるかな?」

「大丈夫だよ」


 ならその日でと、配信の日取りが決まる。


「で、内容なんだけど、ヒカリちゃんと三人でダンジョン探索するのと、わたしのお家で雑談配信、どっちが良いかな?」

「……実際に精霊を出してるとこが見たいならダンジョン配信かな」

「それじゃあ、ダンジョン配信だね」


 細かい予定はヒカリちゃんと相談してから連絡するから。そう言って、アザミは自分の席へ向かっていった。


「おい、よかったのかよ」

「ん?」


 篠岡が話しかけてくる。


「折角アザミちゃんちにお邪魔するチャンスだったのに」

「別にそんなことしたって仕方ないだろう」


 何が出来るわけでもないのに。冗談めかしたクラスメイトにそう返した。

 それにしても、ゲスト出演か。

 アザミのチャンネルなら、視聴者数は万単位になるだろう。

 折角だし、視聴者を楽しませられるよう、何か用意出来ないかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る