第5話 救出劇

 平日が過ぎ去り、土曜日が訪れた。俺はいつも通っている近場のダンジョンの入り口に立っている。いつも土日はダンジョン探索に当てていた。専業になったら土日は休もうと思う。

 口の開いたバッグを背に、配信用のカメラを起動。カメラが俺の周りを浮遊する。

 それからスマートフォンを操作して配信を開始した。

 サモン、フェアリー、リンネア。心の中で唱えていつもの相棒も呼び出す。


「やっほー。今日も一日、気を引き締めて行こうね」

「ああ。宜しく頼む」


 リンネアと挨拶を交わし、それから再び画面に目をやると、既にコメントが付いていた。視聴者数は一。


『今日も王者の行進、楽しみにしてます!』


 いつもの人だ。何故に王者の行進なのかは分からないが。


「さあ、参りましょう、陛下!」

「その呼び方は止めてくれ」


 止めてくれないのを承知で、コメントに悪ノリしたリンネアに乞う。


「では、今日もいつも通りに淡々と攻略していきますので、宜しくお願いします」


 カメラに向かってそう告げてから、スマートフォンをポケットに戻した。

 ダンジョン内部へ続く階段を下っていく。ダンジョン内は不思議な明かりに満たされていて、地下ではあるが特に照明は必要とされなかった。

 少し進むと、広々とした通路の真ん中に何かが見える。


「ゴブリンね」

「何か食ってる?」

「放置されてた仲間の死体みたいね」


 サモン、サラマンダー。

 リンネアと話しながらも精霊を呼び出し、仲間の亡骸を食らっていたゴブリン達を焼き払った。

 その横を素通りして先に進む。

 ゴブリンから採れる素材は要らない。バッグに入る分しか持ち帰れない以上、安い素材を拾っている余裕はなかった。素材回収は下層に到達してからだ。

 上層の比較的ひ弱なモンスター達を精霊の力で薙ぎ払いながら、一つまた一つと階層を下って、中層と呼ばれる領域へと差し掛かる。


 サモン、イフリート。

 イフリートを呼び出して、向かってきた牛の魔物を焼き払う。イフリートはサラマンダーの上位互換のような存在だ。人型をしていて、サラマンダーよりも強い火を扱う。サラマンダーでも勝つこと自体は問題なかったが、それでも魔物が絶命する前にその突進力で攻撃を無視し、俺へと到達する可能性があったので、より魔力を使ってでもイフリートを用いた。

 サラマンダーを用いるのは上層まで。中層からはイフリート。そう決めている。

 尤も、炎の精霊でばかり戦うわけではないのだけれど。


 中層も無事に抜け、下層へと到達する。

 さて、ここからが本番だ。

 イフリート、エウロス、イアンガ、テュル、様々な精霊を行使しながら下層を攻略していく。バッグの中身が満杯になってもそれは続いた。危険な下層地帯を少しでも間引いておくための活動だ。

 治癒のナイアードや切り札としている精霊の出番は久しくなかった。そろそろ下層の更に下、深層を目指してみてもよいかもしれない。


「そろそろ疲れてきたな」


 適当なところでそう告げて、来た道を引き返し始める。

 下層を脱し、中層下部を進んでいる際に、それは微かに聞こえてきた。最初にリンネアが反応する。


「悲鳴……」

「一応、行ってみよう」

「了解! 先導するね」


 リンネアが速度を上げて俺の前を飛び、俺は彼女の後ろを走る。

 恐らくは、誰かがモンスターを相手に不覚を取ったか、トラップを踏み抜いたかだろう。

 トラップならば救出出来る可能性があるものの、前者ならば今更急いで向かったところで恐らくは無駄。それでも念の為、全力で道を駆け向かってみた。

 すると、モンスターの背中が見えてくる。


 しかも見間違いでなければ、あれは本来下層に出現するモンスター、ミノタウルスだ。

 更にその向こう側には対峙する探索者の姿。モンスターの身体の影になって状況がよく見えないが、まだ生きている者はいるらしい。床に転がっている者も見えるが。

 中層の探索者が、普通中層にいないはずのモンスターと遭遇し、危機に陥っている。そう判断して差し支えないだろう。ミノタウルスは下層の中でも強い方なので、中層レベルの探索者が相手をするのは絶望的なはずだ。


 勝手に助けに入ってしまってよいだろう。

 本来だと、他の探索者の戦闘に勝手に割って入るのはトラブルの素なので相手方に確認を取るのが望ましいのだが、モンスターの巨体越しに大声でやり取りするのは億劫だ。

 それにこの状態からなら、不意打ちでミノタウルスを倒せる。

 ミノタウルスが向かい合っている探索者を攻撃しようと、その太い腕を振りかぶった。

 それに対し、俺は精霊を呼び出す。


 サモン、イアンガ。

 引力と斥力を操る人型の精霊が召喚されて、その力を行使する。腕を振りかぶったミノタウルスは引力によって体勢を崩し、イアンガのいる方向へとダンジョンの床を勢い良く引きずられていく。

 サモン、テュル。

 仰向けに倒れた体勢で頭からこちらへ向かってくるミノタウルスへと更に追加の精霊を呼び出す。こちらも人型で、剣の精霊だ。高位の精霊は人型が多い。

 テュルは目にも留まらぬ速さで前に出て、ミノタウルスの首を刎ねた。


 それと同時に、イアンガに力の行使を止めさせる。

 二体の精霊を送り返し、俺は走る足を緩めた。

 倒したモンスターの死体の横を通り過ぎて、その向こうに見える探索者の下へ向かう。

 それは見覚えのある姿だった。


「ヨツカ君?」


 安堵からか、腰が抜けたようにして床にへたり込んだ姿のアザミがそこにいた。その手にはクリスタルスライムのグミを抱いている。透明なスライムだ。心なしかぐったりとして元気がないように見える。


「大丈夫?」


 周りを見ると彼女の仲間一人とテイムモンスター三体が倒れていて答えは明白なのだが、取り敢えずアザミ一人の状態だけでもと、問うてみた。


「わ、わたしは。でもヒカリちゃんがモンスターの攻撃で頭を打っちゃって……。ナイちゃん達も、どうにか生きているみたいだけど」


 ヒカリとはアザミが一緒に探索者として活動している女性だ。確か従姉妹だと配信で言っていたはず。ジョブはヒーラー。

 そのヒカリの方を見ると、その向こうにミノタウルスが本来持っているはずの斧が落ちていた。今回、ミノタウルスが素手だったのは得物を投擲に使ったからのようだ。

 あれが命中したのか。

 それにしては頭の形が保たれているような。


 近づいてみると、まだ息があった。というより見かけはそんなに大した傷ではない。掠った程度だったのではないだろうか。ミノタウルスの大斧投擲が掠ったのだから、それだけでも大した威力だったろうが。

 サモン、ナイアード。

 癒しの力を持った水の精霊を呼び出して、治療をさせる。ヒカリが治ったのを見届けると、フェンリルのナイト、フェニックスのクク、小さな白竜のリリム、それから念の為、クリスタルスライムのグミにも癒しの力を使っておいた。


 ヒカリはまだ目を覚まさなかったが、残りのモンスター達はのそりのそりと元気を取り戻してアザミの下へと集っていく。

 アザミが連れているモンスターはリリムを除き、皆下位のモンスターからジョブの力で進化させた存在だ。そのためか本来のそれに比べて今の所実力が足りていない。深層に出現するという本物のフェンリルやフェニックスならばミノタウルス程度に遅れを取りはしないだろう。結界魔法に達者なクリスタルスライムにしても、攻撃を完璧に防ぎきったはずだ。

 因みにリリムはドラゴンだがまだ幼体。それも二本足に翼の飛竜。まだまだ戦力には遠かったはず。それでもミノタウルスの攻撃を受けて生きていたのは流石と言うべきか。


「あ、ありがとう」

「……ヒカリさんは気を失ってるみたいだけど、どうしようか」


 まだ呆然とした様子のアザミに礼を言われ、俺は彼女の仲間のことに言及した。そちらを片付けるまで、礼を言われるのは早いだろう。


「この場で目を覚ますのを待とうか? それともいつまでかかるか分からないし、ダンジョンの外まで運ぶ? そうなら、手伝うけど」

「……でも、人一人ここからダンジョンの外まで運ぶのは大変でしょう?」


「平気だよ。実際に運ぶのは精霊だし」と言って、俺はイアンガを再び呼び出す。するとヒカリの身体がふわりと宙に浮いて、イアンガによって抱きかかえられた。


「えと、それじゃあ、お願い出来るかしら」


 それを見て、アザミが戸惑いがちに答える。精霊を見慣れていないのかもしれないとその様子から感じた。

 考えてみれば、サモナーが身近にいたりでもしない限り、精霊なんてお目にかかる機会はないのだし、その反応も当然か。

 それから俺達は、揃ってダンジョンの入り口まで移動した。道中の敵はアザミのモンスターが相手してくれた。イアンガの力を常時使いながら移動するだけでもそれなりの負担だったので、これは助かった。


 外に出ると、アザミ達が所属しているダンジョン探索ギルドまで向かい、その治療部屋にあるベッドへヒカリを横たえて、そこでアザミとも別れ、俺は自身が所属するギルドに移動した。探索者ギルドは一つのダンジョン前に複数あるものなのである。探索者からの素材の買い取りを一つの施設が独占して問題が生じないように、そのようになったらしい。

 ギルドでバッグの中身を換金しようとしたところで、施設の職員から指摘されて俺はとあることに気付く。

 配信を切り忘れていた。

 慌ててポケットからスマートフォンを取り出すと、視聴者数は何故か七。コメントはいつも通り。


『あ、やっと配信切り忘れているのに気付きましたね』


 そんなコメントが流れる。


「すみません、今気付きました。少々遅れましたが、今日はこれで失礼します。ありがとうございました」

『今日も王者の貫禄でしたよ~』


 そんなやり取りと共に配信を締めくくり、カメラを回収して、俺は改めてギルドのカウンターへと向き直った。


「それじゃ、買い取りお願いします」

「はいはい、今日も大量ですね」

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