第6話 反響《アザミ》
ギルドの治療室でヒカリが目を覚ますのを待ちながら、アザミは先程の出来事を反芻する。
今日はダンジョン探索配信の日だった。週末になると、少なくとも一日は探索配信の日を設けている。
いつも通りヒカリと二人、ダンジョンに乗り込んで、最近はリリムという新しい戦力も加入し、戦闘に余裕が出てきたので中層の奥まで進んでみようということになって、結果、手に余るモンスターと出会うことになった。
相手はミノタウルス。その存在を話には聞いていたが、下層でも比較的奥にいるモンスターだったはず。モンスターが本来の生息域よりも浅い階層に移動してくることは稀にあることなのだが、それにしても運がなかった。
反対に、そのモンスターを倒せる人が近くにいて、しかも悲鳴を聞きつけて助けに来てくれたのは幸運だったと思う。しかもそれが幼馴染のヨツカだったのは驚いた。
「凄かったな」
ヨツカのことを思い出し、そう呟いた。
あれ程強大だったミノタウルスが、不意打ちとはいえ一方的だった。急に後ろへ引きずられるように巨体が移動していったかと思ったら、次の瞬間にはその首がなくなっていた。精霊の力によるものなのだろうが、何をしたのかはよく分からなかった。
ミノタウルスとの戦闘に迷いなく加勢し、瞬殺してみせる腕前、ひょっとしたらヨツカは下層、或いはその先のレベルの探索者なのかもしれない。彼の探索者としての力量について詳しく聞いたことはなかったが、状況から判断するとそうだ。
すると、下からの帰り道で偶然、悲鳴を聞きつけたということだろうか。
そんな極小の確率で幼馴染が助けに来てくれるなんて運命的だな。そんなことを考えて頭を振る。
ふと、視界の端のカメラに、今更ながらに気が付いた。
そういえば、配信切ったっけ? そう考えて、ハッとする。
急いでスマートフォンを取り出すと、案の定、まだ配信中になっていた。
『やっと気付いた!』
『放送切り忘れてるよ』
『皆無事で良かったー!』
『ヨツカって誰? 知り合い?』
次々にコメントが流れていく。
「ごめんなさい、今気付きました!」
慌ててカメラに向かって頭を下げた。
それと同時に、配信中にヨツカの名前を呼んでしまったことに思い至る。大人数が視聴している配信で勝手に顔と名前を一致させてしまった。後で謝っておかなければ。
『緊急事態だったからね』
『気にしないで』
『ミノタウルス怖かった……』
『正直もう駄目かと思いました。無事で良かったです』
『あのサモナーさんヤバくない? 中層下部から出口までずっと上位っぽい精霊出しっぱなしだったんだけど。魔力どうなってんの。ソロの下層探索者かな?』
アザミを励ますコメントや心配するコメントに混じって、ヨツカのことを尋ねる者がしばしば見受けられる。
「彼は高校のクラスメイトで、探索者をしていることは知ってたんですけど……普段の活動領域とか、それ以上詳しいことは分かりません」
『クラスメイト!』
『凄い偶然じゃん』
『ほんとにそれだけ?』
『面識があるなら今度配信にゲストとして呼べませんか? 同じサモナーとして話を聞いてみたいです。ファンとしてアザミさんを助けてくれたお礼も言いたいですし』
『オレも是非聞いてみたい。サモナー詳しくないせいかもだけど、知らない精霊ばっかりだった』
『あのふわふわ飛んでるちっちゃい精霊可愛かったなぁ』
『一瞬だけ出てきてミノタウルスの首飛ばした精霊ヤバかった』
『辛うじてナイアードだけは分かったけど、あれ呼べるサモナーってかなり限られてたはず』
言及すると、コメントがヨツカに関すること一色になる。
その中で、ゲストという文字がアザミの注意を引いた。
「ゲスト……わたしも改めてきちんとお礼を言いたいですし、ヒカリちゃんもそうだと思うから、今度本人に相談してみますね」
実際のところ、お礼など配信外の場面で幾らでも言えるのだが、アザミ自身がヨツカをゲストとして配信に招いてみたいなと思ったので、建前としてそう述べておいた。
歳を重ねるにつれて疎遠になってしまっていたが、アザミの中にはヨツカともう一度仲良くなれたらなという漠然とした感情があった。それを叶えるには良い機会。
「それじゃあ、今日はもう終わりにしますね。お疲れ様でした」
『おつ』
『お疲れ様』
『ヒカリちゃんが起きたら教えてね』
「はい。起きたらSNSで報告します」
『おつかれさま~』
配信を切り、カメラを回収して、それからベッドに横たわる従姉妹を見る。
「ヒカリちゃん?」
呼びかけてみたが、反応はなかった。
些か心配になってくるが、ギルドに常駐しているヒーラーが大丈夫だと言っていたので信じて待つしかない。
椅子に腰掛けてぼんやりしていると、どうしても先程の記憶が蘇ってしまう。
倒れる従姉妹、次々に返り討ちにされていくテイムモンスター、振り上げられる拳、恐怖から開放された際の安堵感、駆け寄ってきたヨツカの姿。
幼馴染の姿と安堵の感情が、アザミの中で結びついていた。
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