第4話 妹
自室で制服を着替えてからは暫し寛ぎ、外出しようと一階に降りると、妹が帰ってくるところだった。
「おかえり」
「ただいま」
アマネと挨拶を交わす。
「ちょっといい?」
「ん?」
こちらへ声をかけて、アマネがリビングへと入っていくので、俺もその後に続いた。彼女がカバンを下ろし、水を飲んで一息つくのを見守る。
「今日、聞いたんだけど、お兄ちゃんのクラスの人、四人も死んだんだって?」
「ああ、そのことか」
「一昨日には別なクラスだけど、三年の、探索部のエースさんもダンジョンで亡くなったんでしょ?」
「らしいな」
アマネは流し台の前に立ち、視線を俯かせながら喋る。
あまり良い雰囲気ではないな。そう感じた。
「ねえ、探索者、止めない?」
案の定の話題である。
アマネは以前から、俺が探索者をしていることに否定的な言動が見受けられたが、面と向かってはっきり提案されたのは初めてだった。俺と同い年の人間がバタバタと死んだことに思うところがあるのだろう。
とはいえ、答えは決まっているのだが。
「止めない」
「何で? お母さんも、私も、凄く心配してるんだよ? お父さんみたいに死んじゃったらどうするの?」
「それならそれで構わないじゃないか」
気楽な調子で答えてみると、キッと、睨みつけるように妹の視線が上がった。
「ふざけないで」
「ふざけてないさ。真面目な答えだ」
「だったら、残される人の気持ちも考えて」
「気を強く持って、自分の人生を生きたら良いと思う」
アマネの視線が益々きつくなった。
「アマネ、誰かがやらないといけないことなんだ」
諭すような言い方は逆効果だろうなと思いつつ、それでも他に言葉が見つからなくて、俺はそう告げた。
「お兄ちゃんじゃなくてもいいでしょう? ただでさえ私達はダンジョンのためにお父さんを失ってるのに」
「でも俺、ダンジョン探索向いてるし」
高校生で、しかもソロで下層まで楽々潜れる人材などそういない。自惚れではなく、俺がダンジョン探索に長じているのは確かだ。
「もっと自分を大事にしてよ。これ以上心配かけないで。お願いだから」
「アマネ」
妹の名を呼ぶ。
「もうそんなことを言っていられる時代じゃないんだよ。都会はともかく、地方に行ったらギリギリの人手でモンスターを狩ってるダンジョンだって沢山ある。誰かが、少しでも多くの誰かが立ち上がらなきゃいけないんだ」
地方、特に僻地のダンジョンは自衛隊が受け持っていることが多いのだが、それを踏まえても地方は人手がギリギリだ。中にはダンジョンからモンスターが溢れるのではと危惧されている地域もある。自衛隊についても、入隊すれば高確率で僻地のダンジョン探索に従事することになること、通常の探索者に比べて収入が見劣りすることから人員の確保が難しくなっていて、これ以上多くのダンジョンを受け持つのは不可能な状態だ。
卒業後は、地方を点々としながら色々なダンジョンに潜ってみるのも良いかと思っている。
「お兄ちゃん一人分くらい、いてもいなくても変わらない」
「手厳しいな。でも実際は変わるんだ。ほんの少しでもね」
「家族よりもそんな社会正義を取るの?」
「ダンジョンに潜って平和のために貢献するっていうのはね、家族も社会正義も取るってことさ」
「…………死ぬのは怖くないの?」
「怖いさ。でも命を重く扱っていられる時代じゃない。そういうのはダンジョン発生以前の価値観だよ」
「お兄ちゃんは先進的だね」
「アマネは少し保守的かもな」
「分かった。もう言わない」
力なくそう告げて、アマネはリビングを出ていった。
深く静かに息を吐いて、俺はソファに身体を預ける。外に出る気分ではなくなってしまった。
今し方俺とアマネがしたようなやり取りは、SNS上でもよく見られるものだ。日々、探索で散っていった人物を英雄として紹介する記事が上げられて、それに対して探索者の人達ももっと自分の命を大切にして、残されることになる人のことも考えて欲しいとコメントが付く。更にそれに対し、俺が言ったような反論コメントが投げかけられる。後はそのまま論争かブロック。
俺に言わせれば、命が重いだとか尊いだとかいった考えは時代遅れ、前時代的だ。
実際問題、次々に死者を出しながらでもダンジョンに人を送り込み続けなければ、最早社会は維持出来ない。ダンジョンの氾濫を防ぐという意味でも、資源的な意味でも。モンスターから採れる魔石は今となっては重要なエネルギー資源だった。
アマネには悪いが、慣れてもらうしかないのだ。命は軽く、儚く、執着しても仕方ない。その現実に。
とか言って、俺もアマネが探索者になると言い出したら反対するかもしれないが。
その辺の卑怯さは全人類に与えられた特権のようなものだとも考えている。なので引き続き、自己や親類の命を重くて尊いものだと考える者がいても、それもまた良し。我ながら矛盾してよく分からない価値観だと思う。
なにはともあれ、少なくとも俺は、俺自身の命は軽くて儚いものだと受け入れているつもりだ。
そういうわけで、鍛錬のため外に出る計画が頓挫したこの時間を有意義に使おうと思う。儚い命だからね。楽しまないと。
冷蔵庫まで歩いていって、母が買い置きしているビールを取り出す。別に家庭内窃盗ではない。公認だ。親父がその辺寛容だった名残である。
ソファでビールを飲みながら、スマートフォンで動画サイトを覗く。丁度、アザミが生放送中だったのでそれを視聴することにした。
画面の中で彼女が視聴者のコメントと雑談に興じている。
「可愛いな」
画面の向こうの幼馴染に対してそう呟く。
こんな彼女がいたら最高だろうな。
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