第3話 幼馴染

「ヨツカ君」


 放課後、自宅への道をのんびり歩いていた俺の背後から声がかかった。振り返ると、そこにいたのはクラスメイトの城崎アザミ。


「アザミさん?」


 彼女は後ろから追いついてきて隣に並んだ。

 実は、彼女とは家が近く幼馴染の関係だ。ただ、歳を重ねてからは疎遠気味だった。なので、帰宅中に見かけることは偶にあるのだが、声をかけられるのは珍しい。


「何か用?」

「ううん。ただ、見かけたから一緒に帰ろうかなって。駄目?」

「いや、全然大丈夫」


 どういう風の吹き回しだろうか。確かに彼女は誰にでも愛想の良い人物ではあるのだが、かといってこれまで声をかけてこなかったところに声をかけてきたのだから、何かあるだろう。

 それから暫し、取り留めのないことを話しながらアザミと帰路を歩く。

 話題はそれぞれの進路に及んでいた。


「アマネちゃんからも聞いてたけれど、やっぱりヨツカ君は探索者になるんだね」


 アマネとは、俺の妹の名前。妹とは未だにしっかりと交流を保っているらしい。


「アザミさんは?」

「わたしも探索者を続けようと思ってるの。配信者と兼業でね」

「人気、凄いよね」

「うーん、……まあね。配信だけでもわたし一人……っていうか、わたしとナイちゃん達で食べていく分には困らないくらい、収益があるの。でもそれもいつまで続くか分からないし、ダンジョン探索はナイちゃん達にも丁度良い運動になるから、探索者もやめられないのよね」


 ナイちゃんとは彼女のテイムしているモンスターの名前、ナイトのこと。最初犬型のモンスターだったのが進化して、今はフェンリル。

 モンスターテイマーというジョブの能力の一つとして、テイム、つまり自身の支配下に置いて育成しているモンスターの成長、進化を促すというものがあって、ナイトはその恩恵を受けたわけだ。

 因みに、モンスターの進化は一定ではなくて幾つかの分岐があり、同じ種類の犬型魔物をもう一頭育てたからといってそちらもフェンリルになるとは限らない。むしろフェンリルは相当レアな分岐で、アザミのモンスターテイマーとしての能力の高さを象徴する存在でもあった。


 ところで何で疎遠気味だった幼馴染のモンスターの名前やその進化の経緯を知っているのかというと、俺が彼女の配信の視聴者だからだ。毎回というわけではないが、偶には見ている。

 幼馴染だとかは関係なくて、可愛い女の子の配信をぼんやり眺めたいときもあるのだ。


「ヨツカ君は、探索者になるの、不安だったりする?」

「いいや、全然。収益的にも、卒業して今の十倍になるんだったらウハウハだし、専業になれば土日以外にも潜りやすくなるから、むしろ楽しみなくらいかな」

「そっか。強いね。実はわたし、今朝の大山君達の話を聞いて少し不安になっちゃって。それで今日は何となく、同じ探索者志望のヨツカ君と話をしたくなって声をかけたの」

「ああ、成程。まあ言われてみれば、不安になるのも無理ない話だよね」


 クラスメイトがダンジョン探索で死んだのだ。いつか自分もということは考えるだろう。


「人が亡くなるのは悲しいわよねぇ。上層で二回目の探索でしょう? 四人で。何があったのかしら」


 上層の探索でしかもパーティメンバーが四人もいるのなら、いきなり全滅というのは考え難い。彼女が言いたいのはそういうことだ。


「大山辺りが無理に奥まで引っ張って行ったんじゃない? あいつ、何ていうか、イケイケだったし」


 ちょっと調子良く進めたら、仲間の反対を押し切ってどんどん奥まで進んでしまう様子が容易に想像出来てしまう。そういう奴だった。

「だからって全滅なんて」と、アザミが物憂げに言う。


「ヨツカ君は死なないでね?」


 俺の顔を覗き込みながら、彼女はそう告げた。

 それに対し、俺は答える。


「いや、そのうち死ぬんじゃないかな」

「え?」

「ベテランでも死ぬときは死ぬし、そういうもんだよ、探索者って」

「……止めてよ」

「でも、目を逸らすわけにはいかない事実だよ」

「…………なら、どうして探索者になろうなんて思うの? いつか死ぬって考えてるのに」

「得意なこと、だからじゃないかな。後は社会に必要なことだから。誰かがやらないとモンスターが溢れるわけだし。それとやっぱり、稼ぎが良いっていうのもあると思う」

「それで、命を賭けられるものなの?」

「まあ、親父もそうだったし。俺にとってはそういうものなんだ」


 親父のように生き、親父のように死ぬ。別にそれで構わないというのが俺の胸中だ。

 尤も今の所、親父のように所帯を持てる気配はまるでないが。高校三年にもなって女っ気はまるでなし。俺が末代かもしれない。

 一方で、アザミが顔を俯かせてしまった。同じ探索者である彼女にとって、俺の気構えは気持ちの良いものではなかったのかもしれない。彼女はもっと気楽な姿勢でダンジョンに潜っていたのかも。


「まあ、こんなのはダンジョンの奥まで潜るような物好き探索者の姿勢だよ」


 だから中層までの探索くらいなら問題ないんじゃないと、言外に言ってみる。


「それでもやっぱり、ヨツカ君には死なないで欲しいな」


 彼女はぽつりとそう言った。

 そのまま自宅前に到着し、彼女と別れた。

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