第2話 日常
月曜日、学校に登校する。教室に入り、自分の席に座って、ぼんやりとしながら時間が来るのを待つ。
そのうちに一つ前の席のクラスメイト、篠岡ツグルが登校してきた。
「よう、先週の話聞いた?」
「先週の?」
「C組の佐藤が死んだって」
「……ダンジョン?」
「そう、ダンジョン探索で。土曜日に」
高校生ダンジョン探索者として学内では多少知られている生徒だったなと思い、尋ねてみると肯定の答え。学生探索者がまた一人命を落としたらしい。
「確か、探索部のエースじゃなかったかな」
「ああ。中層で、一緒に探索してた仲間を庇って、だってさ」
「それは……良い奴だったんだな」
面識はないが。
因みに探索部というのはダンジョン探索部の略称で、その名の通りダンジョン探索を活動内容とする部活のことである。
俺もダンジョン探索はしているが、部に所属して皆で活動することに意味を見出だせず、籍は置いていない。一応、ダンジョン探索のイロハを教えてもらえるとか、部に入ればほぼ確実に仲間を見つけられるとかのメリットはあるのだが、それは俺にとって価値のないものだった。
ダンジョン探索については現役探索者の父から直接指導を受けられたし、希望すれば探索者ギルドで講習も受けられる。
仲間については、あまり必要に思えなかった。俺のジョブはサモナーで、一人で多様な力を持った精霊を召喚出来てしまうため、こういう技能を持った人がいればといった需要がないのだ。自分で一通りこなせてしまう。
唯一、仲間に成人済み且つ学生でない者がいれば買い取り額十分の一の枷が外れるので、大人、それも下層の探索に耐えられる人物であれば仲間になってもよいのだが、当然、高校の部活にいる人材ではない。
「もう三年の半ばだけど、入学したての頃に比べたら大分減った感あるよなぁ」
「そう? 多少じゃないか?」
篠岡は教室内を見渡しながら言い、俺もまた同様にクラスメイト達を観察しながら答える。
確かに入学時に比べればその数は減った。転校や退学の話ではない。ダンジョン探索で命を散らしていった者の数だ。
とはえい、そんなのは元々の数の一割になるかならないか。
こんなものだろう。
「ドライだねぇ」
そう思っていたら、篠岡からそんな台詞。
「ところで君もダンジョン探索してるんだろ? 卒業後は専業?」
「その予定」
「良いなぁ。死人が出たって噂の後でする話じゃないと思うけど」
「そんなに良いものかな。危険だし」
「花形だろう? 女の子にもモテそうじゃないか。稼ぎも良いらしいし」
「モテるかな? その辺はあまり分からないけど。稼ぎはまあ、人それぞれだよ。潜れる階層によっては全然さ。大学出て大きな会社にでも入る方が安泰だよ」
彼の進路は大学進学だったはず。
「でも、興味があるならちょっと試しに挑戦してみたら? 土日だけ副業で入ってがっぽり稼いでるって社会人探索者の話もちょくちょく見かけるし」
「SNSで流れてくる奴だろ。効率良く探索者として稼げるようになるためのマニュアルとか売ってる。胡散臭いよ。
それに、オレには向いてない。剣士のジョブを貰ってるくせして見事に運動音痴だからな。きっとゴブリンにも勝てない」
オレも運動が出来たらなぁと篠岡がぼやく。
そこまで話していると、教室に一人のクラスメイトがまたやってくる。
城崎アザミ。おっとりした雰囲気の、多分学校一の美人だ。実際に全女生徒を見比べたわけでもないから実際のところは分からないが。
彼女が入ってくると何人かの生徒が寄っていって「配信見たよ」とか「リリムちゃん可愛かった」とか話しかけていた。
彼女は配信者である。それも配信アカウントのフォロワーが何十万といるような人気配信者。配信内容は主に雑談、ゲーム、更にはダンジョン探索まで含まれている。偶に歌ってみたや踊ってみた動画の投稿があったりも。
ジョブがモンスターテイマーで見た目可愛らしく、それでいて強力なモンスターを複数テイムしており、配信のマスコットとして人気を博している。ダンジョン探索ともなれば遺憾なくその力を発揮していた。それも人気の理由である。
モンスターテイマー。社会的に見て最強のジョブだなどと言われることがある。理由はアザミが典型例。見た目が良くて強力なモンスターを揃えられればその愛らしさ珍しさを利用して配信で人気を得やすく、ソロでも複数の戦力を揃えて攻略に挑めるのでダンジョン探索にも有利。取り分を独占出来る。ダンジョン探索者と配信者、二足の豪華な草鞋を履きやすいと考えられているわけだ。その他にモンスターを安全なペット化して販売する、ブリーダーの仕事等もある。
アザミを見ながら「花形だなぁ」と傍らの篠岡。案外、注目されたいタイプなのだろうか。
やがて担任が入ってきてホームルームが始まる。
今日はちょっと欠席が目立つか。
そう思って周りを見ていると、担任がこう告げた。
「大山、山崎、吉良、加藤が昨日から、ダンジョンに潜ったきり帰っていないらしい」
途端、クラス中を重たい空気が覆った気がする。
「大山達って、探索者でしたっけ?」
誰かがぽつりと担任に問う。
「最近、ギルドでの講習を終えて、一昨日に初めて、四人でダンジョンに挑んだそうだ。その日は好調で、翌日、つまり昨日も四人でダンジョンに入り、そのまま……ということらしい」
つまりダンジョン浅部、上層でも最も容易な領域で行方不明というわけだ。
死んだんだろうな。俺は内心、そう判断する。
初心者だけでダンジョンに入り、全滅。そう珍しいことじゃないと聞く。
特に四人のリーダー格であった大山が慎重派とは到底言い難い性格だったので、初日好調だったという情報があれば、何があったかは想像に難くなかった。
四人に関する連絡はそれで終わり、C組の佐藤の件も報告されて、探索者は今一度気を引き締めるようにとの注意が続き、後は通常通りの時間が過ぎる。皆も当たり前にそれを受け入れていた。
死が日常になってしまった。
生前、親父がそう言っていたのを覚えている。ダンジョン発生前と発生から初期まではそうではなかったらしい。昔はこんなにバタバタと子供が死ぬなんて考えられなかった。一人死んだだけでも偉い騒ぎだった。そう言っていた。
ダンジョンネイティブ世代には想像もつかないだろうな、とも。
ダンジョン、そしてジョブ。それらは今から数十年前に突如として、同時に現れた。
世界中の都会、地方、人里離れた土地、あちこちの地下へとぽっかり口を開けたダンジョンが前触れもなく発生し、人々の脳裏には己に与えられたそれぞれのジョブ、剣士やメイジ、モンスターテイマー、サモナーといった己に合致した超常的な力を振るう方法が刻み込まれた。
初期、ダンジョンの対処には各国の警察と軍隊、日本では自衛隊が当たっていたそうだ。
初めは、その入口を封鎖して、一部のダンジョン内に部隊を送り込み内部を観察する程度。
そのうちに色々な事件、経験、情報が蓄積されていって、ダンジョンにはモンスターが巣食っており下へ向かう程それらが強くなっていくことだとか、ダンジョン内のモンスターをある程度狩り続けていないとモンスターが増え過ぎ、外界に溢れてくることだとか、そのモンスターから採れる素材が資源として有用であることだとかが判明していった。
それから、ダンジョン誕生以降の戦いには銃火器よりもジョブの力を用いた方が強力であることも。
ダンジョン登場から暫く経つと、各国はその探索を民間に任せ始めた。警察と軍隊、自衛隊だけで管理するのは費用の点で限界だったらしい。ダンジョンへの自由な立ち入りが認められ、そこで手に入れた素材を自由に売買出来るようになった。
その結果、ダンジョン探索者の素材売却を楽に行えるように、また探索者の死傷者が可能な限り少なくなるよう情報共有、講習を行うためにといった目的で、初期の探索者達によって探索者ギルドが設立されるようになった。現在は乱立気味だとも言われるが。
また、学生が小遣い稼ぎにダンジョンへ群がって無謀な真似をしないよう、悪い親が未成年者を無理やりダンジョンに放り込んで搾取することがないよう、学生時代は精々下積み程度に留まるようにと、高校生以下のダンジョン素材買い取り額が十分の一となる規制が一律に敷かれた。どこまで効果を発揮している規制かは怪しいが。
そうして、世の中は今に至っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。