ダンジョンで疎遠だった幼馴染を助けたらバズった話
赤い酒瓶
第一章 高校生探索者
第1話 底辺配信者
サモン、イフリート。
心の中で唱えるとその通りに、炎の精霊イフリートが召喚される。そして正面から俺へと迫っていたモンスターを瞬時に焼き尽くす。
敵の死亡を確認しながら、歩を止めずに前へと歩き続けた。イフリートは敵の死の確認と共に元の場所へ送り返す。
場所は地方の某市にあるダンジョン、下層区域。その探索中だ。
モンスターの死骸は放置したまま。金になる部位を剥ぎ取ることも出来るのだが、今日は手持ちのバッグが既に一杯なので剥ぎ取ってももう持ち帰れない。
俺の傍らにはドローン型のカメラが一台飛んでいて、探索の様子をとある大手投稿サイトで配信している。視聴者は、いても多分一名かそこら。
ダンジョン探索配信は人気のコンテンツだが、やる気がないのでタイトルやサムネイル等一切工夫していないのと、そもそも俺自身の探索風景にコンテンツ性がないためか、その程度の視聴者数だ。むしろ身内以外に常連の視聴者が一名いることの方が驚きかもしれない。
では何故配信などしているのかというと、いつでもダンジョン内にいる俺の無事を確認出来るようにと、高校生で未成年の俺がダンジョンに潜ることを許可する条件として母に頼まれたからだ。
ダンジョン探索者だった父をダンジョンで亡くしたばかりである母が探索を許してくれただけでも御の字だと思ってはいるのだが、誰も見ない配信のために毎度カメラを持ってくるのは虚しいものがある。見られたいわけでもないのだが。早く余計な手間から開放されたいものだ。高校卒業まで、残り半年未満の辛抱である。
高校を卒業したら晴れて一人前の探索者だ。現状、未成年或いは高校生の探索者にはダンジョンから持ち帰った資源の換金額が十分の一になるという枷があって、それも外れる。母により課せられた配信の手間もなくなる。生活から探索まで一気に楽になるというわけだ。
日々ソロでの探索を繰り返し、金を稼いで、孤独に生き、そのうちにダンジョンのモンスターにうっかり敗北して死ぬ。
それが俺の未来予想。
特に不満はない。
別にダンジョン探索にそこまで強い思い入れがあるわけではなくて、単に他の真っ当な職業よりも向いていることと、誰かがダンジョンを探索しモンスターを狩り続けないとモンスターがダンジョン外部へ漏れ出てしまう、つまり社会的に必要とされている仕事だから自分がやろうという程度の話。
「ヨツカ」
俺を呼ぶ声。
あれこれ考えながら歩いていると、前方から索敵に出ていたフェアリーが戻ってくる。名をリンネアといって、ダンジョン探索中は常に彼女を召喚し周囲の警戒を担ってもらっている。
光を纏った、俺の顔面くらいの背丈をした少女姿の妖精が、目の前でふわふわと浮遊する。
「あの曲がり角の先にレッド・ゴーレムがいるよ」
「分かった。ありがとう」
「どういたしまして!」
礼を言って、そのまま示された先、正面にある曲がり角まで進んでいく。
曲がって直ぐに炎を纏ったゴーレムの姿。
サモン、エウロス。心中で唱える。風の精霊が召喚されて、ゴーレムの巨体を吹き飛ばした。突風により、その炎もかき消される。更に圧縮された空気の弾丸を幾つも打ち込まれ、レッド・ゴーレムは何も出来ないまま破壊された。
その様を見ながら、俺は足を止めて一つため息を漏らす。
「疲れたな」
そう呟いて、ポケットからスマートフォンを取り出した。配信の視聴者数やコメントを確認する。
「帰るの?」
「ああ」
「了解!」
リンネアと話しながら覗いた先には予想通りの内容。たった一名の視聴者が時折コメントを寄せてくれていた。俺が一切配信画面を確認せず淡々と攻略するスタイルなのを承知で、モンスターを倒す度に「お見事」とか「お疲れ様」とか、そういう言葉を書き込んでくれている。
断っておくが、母ではない。母は結局心臓に悪いからと、俺に配信を約束させておきながら殆ど視聴していないそうだ。
「コメントありがとうございます。これから帰ります」
カメラに向かってそれだけ言って、またスマートフォンをポケットに戻す。
ダンジョンに潜ってただ只管モンスターを倒し、気力体力魔力に疲労を感じたら帰還する。俺の配信スタイルにして探索スタイルだ。後半に関しては親父の教えでもあった。親父は高校に上がった俺をダンジョンに連れてきて、よく色々と教えてくれたものである。特に撤退のタイミングについては繰り返し教えられた。長く生き残るために最も必要なことだからと。
今日は日曜日。明日からは学校。下層まで足を運ぶには時間がかかるため平日の探索は控えていて、次にここへ来られるのは土曜日。そのことを少々億劫に思いながら、俺は帰路に着いた。
因みにダンジョンの出口に差し掛かって、配信の終わりの挨拶を一名の視聴者に向けて行った際、いつもと同じく、こんな内容のコメントを貰う。
『お疲れ様です。いつもながら王者の貫禄でした!』
そしてそのコメントに影響されたリンネアも、いつも別れ際に言うのだ。
「またいつでもお呼び下さい、王様!」
何故そんなふうに言われるのかは、分からない。
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