第5話 朝下がりの匂い

落ち着いた私は、静かに見てくる彼女の目から、

そっと逸らした先にある錆びついた団地を見ていた。

学校が始まるまであと一時間を切っているのもあり、

「事情も分からないし、とりあえずウチへ来ないか?」

彼女は一瞬戸惑った表情をチラつかせたが、

喉仏と首を順番に上下に揺らした。

彼女の様子から見て男子の家に初めて行くため、

緊張しているといった感じだ。

私は彼女の幼さをいじらしく感じた。

まあ、上から目線で言ってしまったが、

私だって年上の女性から家に来いと言われたら、

全く同じ行動をしてしまうだろう。

ハリボテの高台が崩れていくのを感じた。

「早く行こうよ」

下らない事を考えていると彼女に諭されてしまった。

私達は、まばらに足の擦れる音を聞きながら、

校門へと向かった。

…改めて考えても信じられない、

彼女が生きているなんて。

さっきまで冷静だったのが嘘のように、

脈は上がり、体も熱くなった。

ただ嬉しくて、そこにいるだけで、

いつまでも生きていける気がして。

もし今目が覚めて全部夢になったとしても、

今目の前に季花が居るだけで良い。

地面が少し揺れるのを感じて、静かに歩いていた。


団地に着き、一安心してドアノブを回すと

クシャクシャになった服が落ちており、

彼女は少し驚いたような顔をしたが、

何も言わず、丁寧な所作で段差を飛び越えた。

私は乱雑に靴を脱ぎ、彼女の後ろを歩いた。

部屋に入ると、今までの疲れが追いついてきたのか、

急に睡魔が襲いかかってきた。

「今日はもう寝てしまわないか?」

私は彼女が寝られるように布団を服の下から取り出し、

敷いてあげた。私はいつも通り、服の上で寝ることにした。

彼女は申し訳なさそうにこちらを見ていたが、

「大丈夫だから、安心して。」

というと、静かに頷き、布団に入った。 

私は今日というセンセーショナル一日を、

いつもの錆びれた匂いで終えた。

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