第3話 朝空の花園
「
柄にもなくあり得ないことを言ってしまった。
彼女はもう空に溶けたのだから…
ーーーーーー十年前ーーーーーー
日曜の昼下がり。逃げるようにして来ていた花畑は、
私の静かな日常を飾るようにいつもあった。
周りに咲くマンダラゲに騙されたフリをして、
見つめる日を繰り返していた。
それでもそこに、分かりやすく薔薇が添えてあれば、
眼を奪われるのが人としての本能というやつだろう。
彼女をジロジロと覗いていたことに気付く前に、
彼女は私を見つめ返した。
そこからは明白であるが、私はやはり恋に落ちた。
彼女だけが目に映り、見る度に目でくれるアンサーが
私には効きすぎてしまう。
私は子供ながらに勇気を出し、彼女に声をかけた。
「どのお花が好きなの?」
彼女は遠くにある向日葵を指差した。
あれじゃ見えないだろうと、近寄ることを提案してみるが、
彼女は無口に首をふるだけだ。
私は一度諦め、次の日を狙った。
「別の花も見てみようよ!」
彼女はまた無口に首をふる。
結局その日もそれ以上話しかけることは叶わず、
アネモネのある道を静かに通った。
ーーーーー数日後ーーーーー
話していて分かったことが二つある。
まず彼女は笑わない。正しく言えば、私の前で笑わない。
そして彼女は嗤わない。私が何を言っても、
バカにせず、いつも静かに聞いてくれる。
彼女に笑われないのは辛いけれど、
それ以上に彼女に嗤われないのが嬉しかった。
そういえば私は彼女の名前を知らない。
気付くのに何日もかかるとは私らしくない。
しかしそれほどに目を奪われていたのだろう。
今日勇気を出して彼女の名前を聞こう。
あの頃の私からすれば一大決心であったため、
格好を決めて彼女のもとへ向かった。
彼女は今日も目移りせずに向日葵を見つめる。
彼女のそんなところが…
そんなことを考えていると急に耳が熱くなり、
不思議と足は速まった。
「お名前…なんて言うんですか?」
彼女は丁寧口調な私を訝しんでいたが、
恥ずかしがっているだけだと気付いたのか、
「赤月季花。」
淡々と返された。
瞬く間に返されたその言葉を私は必死に脳に焼き付けた。
「ていうかなんでそんな服なの?」
膝まで来るネクタイを指差し、彼女は言った。
初めての彼女からの質問に驚きつつ、
「名前聞くから綺麗な服で行こうかなって」
斜め下の花を覗きながら、私は答えた。
「ふふっ、なにそれ」
初めて見る僕に向けた笑顔に私はより一層、
目を奪われてしまう。
私は次の日も、次の日も彼女に笑われるように努めた。
ーーーーー二ヶ月後ーーーーー
今日も彼女に会いに行こうと、花畑に行った。
花畑に…行くはずだった。
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