第6話
「置いて行くなんてさ……ひどくない?」
昼過ぎのダイニング。夫がムスッとしている。理由は簡単だ。直と私、二人だけで出かけてしまったから。善は仕事があったし、仕方ないと思ったんだけれど。一時間待ってくれれば行けるから、と食い下がった彼を置いて行った手前、ごめんね、と一応謝りはする。自分は毎日息子といられるんだからいいじゃないか、という不満を込めて。
「でも、久しぶりに直と二人で出かけたわ」
「そうかも知れないけどさ……俺だって一緒に行きたかった」
「もういじけてないの。ほら、お弁当食べて。直が、選んだんだよ」
早めに直と昼食を摂ってしまったから、善には美味しそうな弁当を買ってきてある。それもまた、不満げだった。家族で揃って食べたかったのだろう。まぁ……それは、そうか。
「善。これからフィナンシェ作るね」
「フィナンシェ」
鸚鵡返しする夫は、ニンマリと笑っていた。フィナンシェは直も好きだけれど、元々は夫の好物だ。それを聞いてすっかり機嫌を良くしたのだろう。ようやく弁当に手を伸ばす。離れたところで見ていた直は、呆れ気味だ。私も苦笑いを浮かべて、冷蔵庫から卵を取り出した。
今日はプレーンの、簡単なレシピだ。オーブンの予熱を始めたら、時間との戦い。粉を量って、ふるいにかける。それから、焦がしバター。あぁ、いい匂いだな。卵白と薄力粉、アーモンドプードル、砂糖を混ぜて、バターを少しずつ加える。あとはもう型に入れて焼くだけだ。残った卵黄は、何に使おう。オーブンに入れて振り向けば、善と直は二人並んでキラキラした目でそれを見つめている。こういうところ、そっくりなんだよなぁ。小さい時からこうして、私が作るお菓子を楽しみにしてくれる。善がそういう人だからなのだろうけれど、いつだって、私はそんな二人が愛おしい。
「二人して、おんなじ顔してる」
ふふふって笑ったら、東京に帰るのがまた嫌になった。
十分程度で、焼き上がるフィナンシェ。香ばしい香りが、小さな家の中に広がっていく。すぐに型から外しすと、手が一つ、また一つと伸びてくる。熱い、と叫び声を上げながら、彼らは嬉しそうにそれを口に運ぶのだ。
「美味しいね」
息子が笑う。そう、この時間が私の宝物だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます