【64】クロムライト
「今の、避けられるんだ。……やっぱり凄いね、英雄さんは」
近くに落ちていた騎士の剣を握りしめ、両手に再び二刀を携えてゆっくりと、クロムライトが立ち上がる。
「なら私も、ちゃんと本気でいかなきゃだ。……ラングレン式剣術、急の型――”クロムライト”」
腰を低くして両の剣を下段に構えた体勢。見たこともない剣術の型だ。
だが、それよりも――練習試合の時と何ら変わらぬ落ち着いたトーンでそんなことを言ってのけた彼女のことが、その状況が飲み込みきれずに、俺は困惑したまま剣を構えていた。
……いや、それは嘘だ。先ほど彼女と剣を交える中で、どこかで気付いていたはずだ。
彼女が――もとより操られてなどいなかったということに。
「……何してんだよ、君は」
「見ての通り。貴方たちを、止めるんだよ」
からっとした表情でそう告げて、俺に向かって切っ先を向けるクロムライト。そんな彼女に俺は、困惑を隠せず声を荒げる。
「止めるって……君は伯爵が何をしようとしてるか分かってるのか!?」
「細かいことは知らないよ。魔族連中と取引して、何かを企んでるってことぐらい」
「なら……!」
「だから、どうしたの?」
「どうしたの、って……。分かってるなら何で、その片棒を担ごうとしてるんだ、君は」
そう問うた俺に、クロムライトはあくまで涼しげな表情のまま、肩をすくめてみせた。
「だって、魔王がどうとか、私にはどうでもいいし」
「どうでもいいって……。もしも伯爵が魔王を復活させようとしてるなら、そのせいで戦争が起きるかもしれないんだぞ!」
「お説教? あはは、おじさんくさいなぁ、英雄さんは」
あくまで緊張感の欠片もない声でそう返すと、彼女はくるくると片手の剣を回して弄びながら、つまらなそうに続ける。
「もし戦争が起きても。それで何人死んだとしても、私にはそんなの、どうでもいい。アリアちゃんさえ、そばにいてくれれば」
「え……?」
困惑の色を浮かべるアリアライトを一瞥して、クロムライトはしっとりと微笑む。
「小さい頃、体の弱かった私を、アリアちゃんはいつも守ってくれた。『一緒に騎士になって、困ってる人を守ろうね』って、アリアちゃんはいつも私に言ってくれた。私はそんなアリアちゃんと肩を並べられるように、強くなろうと思っていっぱい、いっぱい頑張って――だから今こうして、アリアちゃんと一緒に騎士として過ごせるのがとっても、とっても嬉しい。……なのにね」
そこで彼女の表情から、ふっと色が消えた。
「こっちに派遣される前だから、もう一年くらい前かな。中央の騎士団から、命令が下りたの。……実績の乏しい騎士は隊から外して部隊を再編成するようにって。アリアちゃんも、除隊されるリストの中に、入ってた」
「……」
アリアライトの表情を伺う。驚愕を隠しきれないその様子からするに、恐らく本人は知らされてすらいなかったのだろう。
「私はアリアちゃんと離れたくなんて、なかった。だから上に異議申し立てをして……でもその決定は、覆らなかった。けどね、そんな私に……中央に出向していた伯爵が、声をかけてくれたの。『私が中央にかけあって、今の編成のまま、君たち騎士団の派遣を依頼する。その代わりに私の下で働いてくれ』って」
そうやって、有用な手勢を伯爵は集めていたというわけなのだろう。納得する俺に、クロムライトはさらに言葉を続けた。
「アリアちゃんといられるなら、何でもよかった。だから伯爵の言う通り、求めるままに、私はなんだってやった。どんな汚いことも、辛いことも、嫌なこともやった。そうすれば……アリアちゃんと、いつまでも一緒にいられるから」
「そんな……。そんなことしなくても、アリアは一緒に……」
「いられないんだよ」
ぴしゃりと、刃みたいにアリアライトの言葉を遮って、クロムライトは首を横に振った。
「アリアちゃんは知らないだろうけど、いつか……お父さんたちが話してるの、聞いたの。アリアちゃんは騎士を辞めさせて、嫁がせた方がいいんじゃないか……って」
「えっ……?」
アリアライトたちの家は、騎士の名門だと言っていた。そんな家系の中であまり騎士として芽が出せないままであれば――そういうことにも、なってしまうのかもしれない。
「騎士団にいられなくなっちゃったら、きっとお父さんはアリアちゃんを、家に戻そうとする。そうなったらもう……一緒になんて、いられない……だから。だからこうするしか、ないの」
「クロムちゃん……!」
その目に強い意志の光を宿らせながらそう告げたクロムライト。アリアライトの悲痛な声にも、もはや彼女はその剣先を揺らす様子もない。
ならば……話し合いの余地は、もはやない。
周りを見回すと、意識を失っている騎士が多い中、正気を取り戻して目を覚ましている者もいるようだが……さりとて彼らとしても、どうすべきか考えあぐねている様子。
彼らに積極的な加勢を求めるのも難しいだろう。そう結論づけて剣を構え直した俺に、クロムライトはにっ、と楽しげな笑みを浮かべる。
「やる気になったね。練習試合じゃ手を抜かれちゃったけど、今度は全力ってわけかな」
「……馬鹿言うなよ。俺が全力出したら、君なんざ一撃だ」
そんな俺の軽口に、彼女は「あはは」と笑って。
「じゃあ――試してみようか!」
そんな声が聞こえたその瞬間にはすでに、彼女の姿はかき消えて。
俺の顔面目掛けて、その剣先が迫りくる――
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