【63】勇者奪還作戦、開始

 キースの言った通りに、交代のため見張りの騎士たちが姿を消した頃合いを見計らって俺たちは柵の中へと駆け込んでいった。

 遺跡は東西南北それぞれに入り口があるようで、どうやら各方向に一人ずつは見張りの騎士が残されている様子。

 仕方無しにそのうち一箇所から押し入ることにして、と言ってもラーイールの【睡眠】の魔法で行動不能にするだけで侵入を果たすと、通路の先には地下へと続く大きな階段があった。

 キースが出発前に渡してくれた内部の簡易地図を開く。遺跡の外観自体は大きいものの、主要な構造はすべて地下に広がっているらしい。


「また地下かよ……」


「薄暗いところばっかりですねぇ、私たち」


 俺のぼやきにけらけらと笑うソラス。来る前は嫌がっていたが、今となっては随分と余裕のある態度である。


「そりゃあ、現勇者さまを助けたとなればうちの宿の評判もうなぎのぼりというものでしょうし」


「そううまく行くといいけどな……」


 などなど。こんな状況だというのに微妙に緊張感に欠けるやりとりをしながら、俺たちは階段を下へと進んでいく。

 結構な段数を下り続けてようやく、俺たちが辿り着いたのは……経年劣化の激しい上の建造物と打って変わって妙に真新しい空間だった。

 無数に並んだ太い石柱と、なめらかな材質の黒い壁。内装は基本的に闇色で統一されて暗いが、しかし壁に取り付けられた無数の燭台のためにいくぶんか明るく照らされている。

 その光景はまるでどこかの城の中のような、そんな印象を与えるものだった。

 その雰囲気の変わりようも奇妙ではあったが、しかし俺たち全員はもっと別のことに圧倒される。

 というのも、


「……これ、ひょっとして全体的に、逆さまになってません?」


 そんなソラスの言葉。何を言っているのか分からない、と思われそうだが、彼女の言う通りだった。

 単色ながら剛健な造りでまとめられたその長い通路――その全てはまるで、本来上下逆さまであったかのように逆転していたのだ。

 壁の燭台は天井から吊り下がるようにして固定されているし、床にはシャンデリアのようなものが鎮座している。

 上を仰ぎ見るとそこには長い真紅の絨毯が固定されていて――どう考えても、それらは全て天地逆さまに存在しているのがふさわしいだろう。


「幻惑の魔法、とかではなさそうです」


 いち早くそう呟いたラーイールに、俺たちはますます当惑する。だとしたらなぜこんな珍妙な構造になっているというのか。


「……考えても、しょうがない。いくぞ」


 しびれを切らした様子でそう呟いたルインに後押しされながら、俺たちはその逆さまの廊下を進んでいく。

 時折壁には扉のようなものがあるが、これも天地逆さで開けるのには少し苦労しそうだったからひとまず無視して先へ。キースの地図を見ると、どうやらこの先の広間を抜けると更に下へと降りられるらしい。

 らしいの、だが……


「ま、流石にここまで素通りさせてもらえはしないか」


 廊下を抜けて、拓けた空間に出る。天井に床があり、床面には精緻なステンドグラスがはめ込まれた逆さまの広間。

 そこにいたのは、こちらに向けて武器を構える、鉄鹿騎士団の面々……アリアライトの、仲間たちだった。

 どこかうつろな彼らの目。その目は、牢屋で操られていた時のアリアライトとよく似ていて。

 そして――


「……クロム、ちゃん……」


 彼らを率いるようにして、紋章入りの軽鎧をまとった双剣の少女――クロムライトが、静かに佇んでいた。


「クロムちゃん! ねえ、クロムちゃん……!」


 アリアライトが呼びかけるが、しかし彼女は光彩を欠いた面持ちのままゆっくりと、俺たちへと剣先を向ける。

 ……分かってはいたが、言葉ではどうにもならないようだ。


 騎士たちの先鋒が、俺目掛けて数人襲いかかってくる。そいつらを剣の腹で殴りつけて跳ね飛ばすと、彼らは床を転がって倒れ――また再び、よろよろと身を起こす。

 アリアライトのときもそうだったが、あの呪いにはどうやら身体能力を強化する作用もあるらしい。あるいは、無理矢理に当人の限界を超えた動きをさせているのかもしれないが。

こちらを警戒するようにしてじりじりと包囲し始める騎士たちを牽制しつつ、俺は後ろにいるラーイールに向かって告げる。


「ラーイール。こいつらをいっぺんに解呪することはできるか?」


 すると彼女はこくりと頷くと、ルインのほうを一瞥して、


「ルインちゃん、範囲化の術式補助をお願いできますか?」


「わかった。……少し時間がかかるが」


「どのくらいだ」


「1分くらい」


 そう告げたルインに、俺は「上等だ」と返してソラスとアリアライトとをそれぞれ見やる。


「俺たちで時間を稼ぐ。その間にラーイールたちは全体解呪の術式を完成させてくれ」


「わかった」「わかりました!」


 しっかりと返事するラーイールたち。対してソラスは「マジですか」と引きつった顔で俺と騎士たちとを交互に見比べた。


「あのあの、私も後衛側に行くのが筋では?」


「お前が入ったところで仕事がないだろ。時間稼ぎに協力してくれ。【共闘の真髄】がかかってる状態なら、負けはしないだろ」


「ウォーレスさんは私が低レベルの素人冒険者であることを最近忘れがちな気がするんですけど……」


「それだけ信頼してるんだよ」


「……ラーイールさんだけでなく私まで口説き落とそうという魂胆ですか。なかなかやりますね……!」


 何を言ってるのかはわからないが、やる気を出してくれたらしいので良いことにして俺はアリアライトの方を見る。


「アリアライト。君にも、悪いが付き合ってもらうぜ」


「……うん。皆を、クロムちゃんを、もとに戻さないと……!」


 芯の込もった声でそう告げながら盾と剣とを構えるアリアライト。こちらも、戦意は十分だ。

 そんな無駄話をしているさなかも、じりじりと少しずつ包囲の輪を狭めつつあった騎士たち。

 その向こうにいるクロムライトが、うつろな瞳のままその剣を指揮棒のように振るって――すると様子を伺っていた騎士たちが一斉に、俺たち目掛けてなだれ込む。


「……【均衡】【等しくもたらせ】【今】!」 


 ソラスの唱えた力ある言葉とともに、彼女を中心として大きな光の陣が浮かび上がって――それに触れた騎士たちの動きを止める。

【均衡】。自分もその場から動けなくなる代わりに一帯の敵にも行動抑制を付与する足止めの呪文である。いつの間に覚えていたんだ、あんなもの。

 ともあれその効果は絶大で、騎士たちも彼女の守っている方向から攻め入るのは難しいと判断したらしい。残った奴らは一斉に、俺とアリアライト目掛けて殺到してくる。

 彼らの攻めを盾で防ぎつつ、防戦を維持するアリアライト。なかなか攻勢に出られないのが彼女の弱みであるが、防衛に専念したこの状況ではむしろその立ち回りが吉と出た。

 二人とも、【共闘の真髄】による強化があるとはいえ、上手く戦えている。

 俺も――負けてはいられない。そう噛み締めながら俺は、こちらに剣を振り下ろさんとしていた騎士の一撃をいなして掌底を食らわせる。

 こちらへ押し寄せていたのは、残りの騎士たち。その中には、クロムライトの姿もあった。

 槍の先となって襲いかかる彼女の二刀流の一撃。操られていながらにして鋭いその斬撃を受け流しながら、俺はすり抜けていこうとする騎士たちにも牽制をかけていく。

 操られていてなお鋭く、迷いがないクロムライトの動き。それに加えて雑兵たちまで対処していかなければいけないというのは一苦労だが、どうにかその攻防を続けて……その時だった。


「っああっ……!」


 少し後方から聞こえたアリアライトの悲鳴。クロムライトと距離をとって彼女のほうを見ると、どうやら体勢を崩して倒れてしまったらしい。

 尻もちをついたままの彼女に、騎士の一人が剣を振り上げて――とっさに助けに入ろうとした俺だったが、結果として、それには至らなかった。

 なぜなら――俺と対峙していたクロムライトが投げた剣が、アリアライトを襲おうとした騎士の剣を弾き落としていたからだ。


「……え?」


 思いもよらぬその展開に、俺は一瞬呆気にとられて。そんな俺の隙を見逃さずに、クロムライトは残った剣で俺へと再び斬撃を繰り出してくる。

 我に返りながらそれを受け止めていると――時を同じくして、後方からラーイールの声が聞こえた。


「できました、ウォーレスさん! ……【浄化よ】【四方へと拡がれ】【今】!」


 そんな彼女の宣言と同時。ルインが展開していた術式とラーイールのそれとが混じり合い、生まれた暖かな光が上空へと上って、弾ける。

 降り注いだその浄化の輝きに触れた騎士たちはその瞬間にはっと我に返った様子で動きを止めると、皆一様に、何が起きているのか分からないといった顔で辺りをきょろきょろ見回し始めた。


「なんだ、ここ……?」「俺たち、こんなところで何を……」


口々に呟く彼らを見て、俺は安堵の息を吐く。……解呪は、成功したのだ。

 剣を交えていたクロムライトもまた剣を引いて俺から離れると、その場にしゃがみ込んで深い息を吐き出した。

 そんな彼女に、俺は手を差し伸べようとして。


「……っ!?」


 身を引いたのは、とっさの判断だった。

 そうしていなければ今頃、俺の差し出した右手は肘あたりからまるっと斬り飛ばされていたかもしれない。

 ……紛れもなく。クロムライトが振るった、刃によって。

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