【62】月夜の告白<2>
さらさらとした髪の毛の感触が、その奥にある頭のほんのりとした熱が、手に伝わってきて。
涙を浮かべたままきょとんとするラーイールに、俺は気恥ずかしさで視線を逸らしながらこう告げた。
「悪かった。……君には一番嫌な役回り、押し付けちまった」
言いながら俺は、我ながらぎこちない手つきで彼女のふわふわした髪を撫でる。
女子の頭を気安く触らないで下さい、とソラスなどであれば言いそうだったが……あいにくと今のテンパった俺には、これしか思いつかなかった。
ラーイールがそうせざるをえなかったのは、結局のところ俺が、情けなかったからだ。
本当の自分を彼女たちに打ち明けられないまま、ずるずると偽り続けてしまったから――その負債が結局、俺だけでなくラーイールたちをも傷つける結果になってしまったのだ。
我ながらつくづく、情けない。情けなくて嫌になってくるような話で。
だから俺は、噛みしめるようにして、こう続けた。
「……ありがとうな、ラーイール。君はもう、抱え込まなくていい」
「ウォーレス、さん……っ!」
再び顔を真っ赤にして、涙を頬に溢れさせながらラーイールは俺の胸元に顔をうずめてきて。
そんな彼女にどうしたらよいものかと思いながらも……なすがまま、俺は彼女を受け止めてやる。
「……そんなに泣くなよ。俺なんかのために聖女様を泣かせてたら、世間様に申し訳が立たん」
「そんなこと、ないです。ウォーレスさんは……ご自身が思ってる以上に、とってもすごい人なんですから」
「まあ、今はな。でもそれは、あくまでこの【腕輪】の力だ」
「違います」
涙声ながらきっぱりとそう言って、ラーイールは俺から顔を離すと、泣きはらした目のままふんわりとした笑顔を浮かべた。
「ウォーレスさんのすごさは、戦ったりとかそういうのじゃ、ないんです。……ねえ、ウォーレスさん。覚えていますか、あの時の――最初に私たちのパーティが、出会った時のこと」
「最初に……ああ、まあ、そりゃあな。あの時は緊張してたから、よく覚えてるさ」
およそ、三ヶ月ほど前だ。
国王によって招集を受け、王城で初めて顔を合わせた俺たち。あの時の空気たるやそれはもう、微妙きわまりないものだった。
「細かい事情を知らなかった騎士団長から、最初ゴウライが勇者だと思われたんだよな。それでエレンが見るからに不機嫌そうになって」
「私とウォーレスさんで一生懸命なだめて、どうにか我慢してくれましたよね」
くす、と笑いながら頷いて、少しだけ緊張を緩めた様子のラーイール。
「最初は皆、国王様に集められただけでお互い知りもしない者同士でしたから……皆お互いに、一人で戦おうとしていました。モンスターの討伐でも皆が皆、自分だけを守って、自分だけの力で敵を倒そうとしていて。けどウォーレスさんだけは、違った」
そう告げると、彼女は穏やかな表情のまま、俺を見つめて続ける。
「ウォーレスさんは、皆のことを常に見てた。皆の死角を常に守って、前に出ていこうとしがちなエレンさんやゴウライさんの背中を、身を守る力のない私やルインちゃんのことを、常に気にかけてくれていた」
「……それしか、できなかったからな」
ステータス1の剣士でしかなかった俺には、エレンやゴウライのように前線で強敵と渡り合うこともできなければ、ラーイールのようにパーティを支援することも、ルインのように後方から協力な一撃を繰り出すこともできなかった。
だから……俺ができたのは、全体を見ること。
全体を見て、バランスが悪くなった場所の穴埋めをする。戦闘だけでなく、普段からそうやって立ち回る――それが俺に唯一できたことだった。
「でも、ウォーレスさんが私たちを見ていてくれたから。だからエレンさんたちも、だんだん自分たちの戦い方を変えていった。全体を見て、最も適した場所に動いて。お互いに背中を庇い合いながら戦う……そういうふうに変わっていったんです」
俺のおかげなんかじゃない、と言おうとしたが――そう告げたラーイールの真剣な表情を前に、俺は口をつぐむ。
そんな俺を見つめながら、ラーイールはもう一度、口を開く。
「私がこんなことを言うのは、おこがましいかもしれませんけど。でも……ウォーレスさんは、強い人です。だからそんなふうに、自分を小さくしようとしないで下さい」
「ラーイール……」
微笑みかける彼女。月の光に照らされたその笑顔が妙に眩しく感じて、俺は少し、目を細める。
それきりお互い、それ以上は何も言わずに無言のまま見つめ合って――そんな中で俺はふと、部屋の扉の方へと視線を向け呟いた。
「……おい、お前ら。気付いてるからな」
そんな俺の呼びかけに、そこにいるであろう複数の気配がもぞもぞと慌ただしくうごめいて、それから大きな音とともに扉を開けて転がってきた。
「あいたたた……。んもうルインさん、押しすぎですって」「ふぇぇ……」「……巨乳騎士、おもい……」
誰とかは、今更説明するまい。この三人娘、どうやら覗き見と洒落込んでいたらしい。
「何してんだ、お前ら……」
「いやぁ、なんだかいい雰囲気でいらっしゃったから、ひょっとしてラヴな感じの何かが起こるんじゃないかと……」
「ラーイール、ウォーレスのことす――」
「るるるるルインちゃん!!!!!!」
アリアライトに押しつぶされながら何か言いかけたルインを、ラーイールが無詠唱で飛ばした【静寂】の呪文が問答無用で止めた。
「……! ……!」
「あの、ウォーレスさん……! 別にその、そういうことではないですからっ!」
「そういうことって、何がだ……?」
「べべべべ別になんでもないですっ!」
こんなに声を荒げるラーイールを見たのは初めてだった。
また妙に賑やかになり始めたそんなところに、今度は壁を隔てた遠くから、
「うるせぇぞてめぇら! とっとと寝ろ!」
かなりキレ気味のキースの怒声が響いてきて、俺たちは皆一斉に口を閉じ――
「……というわけだし、そろそろ寝るか」
「そうですね、皆さんも、明日のために体力を養っておかないと……」
そんな俺とラーイールの呟きで、深夜の一幕は幕を閉じる。
――。
そして……空は巡って、端の方が白んできた頃。
「……さて、あそこが目的地だ。てめぇら、準備は出来てるか」
少し小高くなった丘の上、そこの茂みの中に身を潜めながらそう告げたキースに、俺たちは頷いて返す。
見下ろす先には、幾重もの柵で囲まれた石造りの巨大な建造物。周囲を警備する騎士たちの鎧には、ガードリー伯爵の紋章が入っているのが見える。
「もう数分で、奴らは交代のために中に引っ込む。その時を狙って、てめぇらも隠密魔法を使いながら入れ」
「分かった。……ありがとうな、キース」
「そう思うならキース様と呼ぶんだな」
「分かったよ、キース様」
ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らしながら――彼は茂みの奥へと踵を返しがてら言い残す。
「撤退経路は、確保しといてやる。……下手こくんじゃねえぞ」
全く、刺々しい言葉のわりにとことんまで、お人好しな人物である。
思わず苦笑交じりに肩をすくめながら、俺は正面方向を向いて皆に告げた。
「……それじゃあ、行くぞ。勇者救出作戦、開始だ」
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