【60】黒幕は<3>
「魔王の、遺物……」
「……ま、だからと言ってその遺物に何の意味があるのかは分からねぇが。ともあれあのクソ親父はそいつを確保したくて、わざわざ依頼を偽装してまで冒険者を募ったんだ」
「……でも、それだったら回収させた遺物はそのままギルドに納品させた方がよかったんじゃ?」
そう問うた俺に、けれどキースは首を横に振る。
「そんなことをしたら、回収された遺物が建前上の依頼者である学者ギルドを経ることになる。学者連中はまだあの遺跡がどういうものかも知らずにいるからな――そこであの遺物が検分されれば、正体がバレる危険があると踏んだんだ」
「だから、わたしたちを後から呼びつけて、密かに遺物を奪おうとした……」
そう相槌を打ったルインに、キースもまた頷いて返した。
「もっとも、勇者がそこのオッサンと一緒に遺物をあっさり捨てていったのは想定外だったみてぇだがな」
そんなキースの軽口に、暗い顔になって押し黙るルインとラーイールの二人。その態度はどうにも、奇妙に感じられた。
思えばルインと再会した時から、そうだ。彼女たちは俺の能力の低さを知って、失望したからパーティを追放したものとばかり思っていたが……それにしては、距離を取ろうとするような様子こそ垣間見えるものの、それ以外の態度はあまり以前と変わらない――それどころか今みたいに、申し訳無さそうな顔すら垣間見える。
もしそういう理由で俺を追放したのなら、例えばあのギルド局員の支援術士、リクトを追放したグラスのように……見下そうとするような態度がにじむものではないだろうか?
……もちろん、彼女たちがそんな人間性の持ち主だとは思いたくないが。
そんな俺の胸中をよそに、キースは肩をすくめて言葉を続ける。
「――いい気味だぜ、クソ親父からしてみれば見事にアテが外れたんだからな。もっともその後、てめぇが派手に暴れ回ったせいで遺物の在り処がバレちまったんだが」
そんな彼の言葉に、沈黙していたソラスが抗弁した。
「ウォーレスさんは悪くありません! ウォーレスさんは、レギンブルクを守ろうとしてくれてたんですから――」
「分かってるよ。だから喚くなガキ。……このオッサンは、すべきことをした。そいつを咎める理由なんざ俺にはねえ」
意外にもあっさりとそう言ってのけるキースに、俺は半ば拍子抜けしてしまう。
口が悪いのは初対面の時と変わらないが……内面は思ったよりも冷静な人物らしい。
「とはいえオッサンが遺物を持っているのは、親父もすでに確信しているはずだ。だから生かしていてもしょうがないてめぇらを、牢屋に放り込んだまま飼い殺しにしてたんだ。あわよくば取引のネタにできるかも、ってな」
ルインとラーイールを見てそう言い放つキースに、そこでルインが「そうだ」と呟いた。
「……今ので思い出した。キース、お前はなんで、わたしを追っていた?」
「保護するために決まってるだろうが。……だってのにてめぇは逃げ回るし、オッサンは割って入ってくるしで散々だった」
「言えば、信じた」
「俺らを見て一目散に逃げるんだ、話してる暇なんかねえよ。……それにてめぇらは少なくともあの時、完全に俺が黒幕だと思ってたろ。その状況で味方ですなんて言ったところで、かえって怪しまれるだけだ」
「う」
珍しく完全に言葉に詰まるルインであった。そんな彼女は置いといて、俺が再びキースと話す。
「……話は、だいたい分かった。それであんたは、これからどうするつもりなんだ?」
そんな俺の問いに、キースは表情を険しくする。
「どうしたもんかな。てめぇらがあの地下牢に侵入したのは、もうバレてるはずだ。となれば親父は恐らく……閉じ込めている勇者たちを確認しに行くはず」
そう言えば、彼は言っていた。エレンとゴウライは、あの牢屋にはいないと。
「エレンたちは今、どこにいるんだ?」
「この近隣に遺跡がある。と言っても既に中の探索やモンスター討伐も終わって、所轄の騎士団が管理している場所だ。……密偵からの情報じゃ、勇者たちはそこに連れ込まれたそうだ」
「場所は分かるのか?」
「ああ。だが……行くのはやめた方がいいぜ。そのチビ賢者様が脱獄したせいで警戒が高まってる」
「ちび……」
反論しようと口を開きかけたルインを押し留めて、俺はキースを見返して続けた。
「でも、行かなきゃ勇者が……エレンが、危ない。なら助けに行くしかないだろ」
「そう考えててめぇが来るのが、クソ親父の狙いだ。わざわざ罠の中に飛び込む気か」
「それぐらいの無茶をできるだけの力が、今の俺にはあるからな」
そう返した俺に、呆れ混じりの表情で鼻を鳴らすキース。
「……魔王の遺物の力で、随分なイキりっぷりじゃねえの」
「言ってろ。使えるものは、何だって使ってやるさ」
にいっと笑って告げる俺。そんな俺の横合いから、ソラスもまた「はいはい!」と手を上げて口を挟んできた。
「ウォーレスさんだけじゃありません! 私も及ばずながら、お手伝いはしますよ。……ぶっちゃけあんまり関係ないですし、巻き込まれたなぁ感が強いですけど、とはいえこのまま置いていかれたらそれこそ途方に暮れそうですし……」
「正直者かよ」
思わず突っ込む俺。そんなさなか、さらにラーイールとルインも、キースを見つめて揃って告げた。
「キース様。私たちも、ウォーレスさんと同意見です。……エレンさんを、仲間を、このままにはできません」
「みぎに、おなじ」
「あ、あの……アリアも、手伝う。伯爵が、そんな悪いことをしてるなら――クロムちゃんが巻き込まれちゃうかもしれないし」
アリアライトまでそんなことを言い始めて、詰め寄られたキースはいよいよ渋い顔をして口をつぐみ。
やがて……観念したように大きなため息を吐き出して、こちらに背を向けながらぽつりと呟いた。
「ついてこい。近くに俺のセーフハウスがある。そこで準備して……決行は、駐屯の騎士が交代に入る夜明けだ。現地までは案内してやるが――そこからは、てめぇらで勝手にやれ」
「恩に着る」
そう返す俺に振り返らないまま、キースはおもむろに歩き始めて、静かに続ける。
「頼む。あのバカ親父を……止めてやってくれ」
ぼんやりと輝く月は高く、夜明けまではいましばらく、時間がありそうだった。
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