【59】黒幕は<2>

「魔王……って、あの、魔王か?」


「ああ。てめぇも見ただろう、部屋に飾られている邪魔くさい絵。……10年前に封印された、人類種の仇敵。あのクソ親父は、魔王信仰者なんだ」


「魔王信仰、って……」


 耳にしたことはある。人でありながら魔王の強大な力に憧れ、魔族に与する者がいたという噂――かつての戦争中も、そういった魔王信仰者たちの裏切り行為がたびたびあったとも。

 だが、あの伯爵が魔王信仰者というのは、どうにも納得しきれないものがあった。


「伯爵は戦時中もこの辺りを守り続けた名士だろう。……魔王信仰者だなんて、そんなこと」


「一番信じたくねぇのは、誰だと思ってる」


 押し殺したような声で、キースはうつむき加減でぽつりと呟いて。

 そんな彼の言葉に俺は言葉を失って、それから頭を下げる。


「……すまない」


「謝られる筋合いもねえ。……ともあれ、俺だって自分の父親が人類に対する裏切り者だなんて思いたくはないさ。だから色々と、調べもした。密偵を雇ってあいつの動向を追わせて、どこのどいつと会っているか、何を買っているか、何もかも調べた」


 キースの鋭い視線が、俺へと向く。


「……あいつは、ある魔族を通じて野盗どもを飼っていた。そいつらはレギンブルク周辺で人狩りをしてた連中でな」


「……それって」


「ああ。てめぇが潰した、レイスの野盗団だ」


 人をさらってどこかへと売りつけていたという、あの野盗たち。

 レイスに率いられていた彼らとガードリー伯爵が、通じていた?


「あいつは野盗どもから人間を買っていた。買われた人間がどうなってるのかは分からねえが……どうあれあいつは魔族の手先と手を組んで、何かを企んでいる。……絶対に、許せるわけがねえ」


 拳をぎゅっと強く握りしめて、そう呟くキースに。

 口を開いたのは、話を聞いていたラーイールだった。


「……キース様。だとしたら伯爵はどうして、私たちを招いたんでしょうか。そんなことをしているのなら、わざわざエレンさんを呼び込むような危険を冒したくはないような……」


 そんな彼女の問いに、キースは「ああ」と声を上げる。


「それなら簡単だ。あいつは……お前らが【遺物】を持ってると思って、そいつを回収しようとしていたのさ」


「遺物? そんなもの、覚えがないぞ」


 答えたルインに、「だろうよ」と返すキース。


「だが、これは覚えているはずだ。勇者一行、お前らは少し前……レギンブルクの近場にある遺跡の調査依頼を受けただろう?」


 そんな彼の言葉に、俺やルイン、ラーイールは揃って顔を見合わせ、頷く。


「……遺跡調査依頼。依頼主は確か、近隣の学者連中の連名だったはずだ」


「そいつらは親父と縁のある連中だ。あいつが学者ギルドに、あの依頼を出すように言ったのさ」


「……何のために」


「【王の棺】に収められていたを、冒険者に回収させるためさ。……どうだ、心当たりが出てきたか?」


 そう言ってキースは俺を。……正しくは、俺の左手にはまった【腕輪】を一瞥しながら、さらに続けた。


「【腕輪】と【剣】。親父が探していた遺物ってのは、ウォーレス……てめぇが今着けている、それだ」


 そんな彼の言葉に、ルインは眉根を寄せて首を傾げる。


「……でも、あの時見つけたのはもっとおんぼろだった」


「お前たちが俺を置いてった後、たまたま装備したらこうなったんだ。……それよりキース。この【腕輪】と【剣】が魔王の遺物って……一体どういうことだ?」


 質問を投げかける俺に、キースは肩をすくめて首を横に振る。


「悪いが俺も、詳しく知っているわけじゃねぇ。ただ、調べたところによれば――あの遺跡、その中にある棺はかつて魔王がこの世界に降り立った時に使ったもので。そして10年前、魔王が封じられた後……生き残りの魔族どもがどうやらあの遺跡にその遺物を納めたらしい。目的は、分からんがな」


 そんなキースの告げた話に、俺は先代勇者ミザリが語ったことを思い出す。

 魔王との戦いで、似たようなものを見たと。だからこの【腕輪】は危険かもしれないと、彼はそう俺に忠告した。

 その正体が……魔王の遺物。彼が懸念した通り、この【腕輪】と【剣】は、魔王が持っていたものというわけだ。

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