【57】城内、潜入<2>

「……アリアライト! 何してるんだ、一体ッ……!?」


 不意打ちの一撃を受け止めながら、俺は何が起こっているのか理解しきれずに彼女を――こちらに剣を振るうアリアライトを見返す。

 常の彼女からは考えられないほどの膂力での一撃。それは冗談などではなく、確実に俺を仕留めようとしてのもの。

 剣を弾き返して構え直した俺に、アリアライトもまた、どこか緩慢な動作で剣を構えて――再び無言のまま俺に向かって駆け出す。

 剣がぶつかり合う音。受け止められないほどではないが、とはいえその斬撃は重い。一体彼女のどこにこんな力が秘められていたのかと思うほどだ。


「……やっぱり、裏切ったか。連れてくるんじゃなかったっ……」


 ぎり、と歯噛みして呻くと、杖を構えて魔法を詠唱しようとするルイン。しかしアリアライトはそんな彼女の動きに気付くと、俺からあっさり剣を離して傍らをすり抜け、ルインへと殺到する。


「っ……!」


「危ない!」


 振るわれた剣。けれどその一撃がルインを傷つけることはなく――代わりに散った血は、とっさにルインを庇って飛び込んだソラスのものだった。

 左の二の腕の袖がぱっくりと裂け、白い肌にうっすらと赤い筋が引かれている。

 けれどそれにも構わず、ルインを抱きしめたままソラスはアリアライトを見つめて叫ぶ。


「やめて下さい、アリアライトさん! どうしてこんなことっ……」


 そんな彼女の声にもしかし、アリアライトはまるで動じる様子はなく。

 ただ無感動な瞳でソラスを見つめて――再びその剣先を前に差し向けると一息で踏み込む。


「このっ……!」


 【影歩】のスキルでアリアライトの前に躍り出ながら、俺はソラスを庇ってその一撃を防ぎ、弾く。

 そのままの動きで彼女に向かって拳を突き出すが、その一発は彼女までは届かずに空を切った。


 再び距離をとって対峙する、俺とアリアライト。向かい合った彼女は、虚ろな目で俺を睨んで――そこで彼女は何を思ったか、剣を持っていない方の腕をゆっくりと横に突き出して、ぼそぼそと何かを唱える。

 瞬間……牢獄中の至るところに落ちた影の中から、何かが這い出してきた。

 ぬらりとした黒い肌の、人のような……けれど決して人のそれとは違う異形の角の生えた、奇妙な生き物。

 【影鬼シャドウ・ゴーント】。かつて魔王が魔族の尖兵として生み出した、異形の怪人である。


「影鬼……!? なんで、こんなもんが」


「ウォーレス、警戒を。囲まれる」


 そう告げたルインに応じながら、早速飛びかかってきた一体を俺は斬り伏せて。

 けれど辺りの影と闇とが膨れ上がる中、俺はソラスたちを庇っているためなかなか攻勢に転じられずにいた。


「……こんなところだと、大規模な魔法はつかえない。こまった」


「困ったって」


 まあそう言う以外ない状況ではあるのだが。


「アリアライトに、【睡眠】の魔法を掛けるとかはできないか?」


「とっくに試してる。けど、あの女――効いてない」


「なんだって?」


 どういう意味だ、と問いただそうとしたところで、アリアライトが再び腕をかざして新しい影鬼を召喚しようとして。

 対応すべく俺が身構えた――その時だった。


「――!」


 不意に横合いから飛んできた何かに気付いて、とっさに切り払うアリアライト。

 それとほぼ同時、通路の奥から――目にも留まらぬ素早さで彼女に接近するもうひとつの影があった。

 フードのついた漆黒の外套を纏った姿。そいつは今日、ルインを追い回していたあの仮面の男だった。

 サーベルを片手に、真っ直ぐにアリアライトの首目掛けて突き込む黒装束。それをすんでのところで回避したアリアライトであったが、体勢を崩したところに黒装束が膝蹴りを食らわせる。


「っ……かはっ……!」


 胃液を口から吐き出して、動きを止めたアリアライト。そんな彼女の首筋に黒装束の手刀が落ち、そのままかくんと意識を失った彼女の体を、黒装束は抱きかかえる。


「お前……何で」


 思わず問う俺に、黒装束は小さく舌打ちして。


「煩い。……おい、賢者のチビ。一旦退くぞ、転移魔法を唱えろ」


「できない。まだ、助けなきゃいけない人が――」


「勇者と大男はここにはいねぇ。探すだけ無駄だ……いいから出るぞ、街の外まで跳べ」


 そんな彼の言葉に、ルインは逡巡して。けれどいまだ周りに湧き続ける影鬼たちの群れを見つめて、悔しげに頷く。


「【開け】【外の門よ】【今】――」


 刹那、俺たちを光が包み込んで。

 次の瞬間にはもう、地下牢には影鬼たち以外、動くものはいなくなっていた。

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