【55】賢者は語る
ソラスたちと合流してざっと事情を説明した後。俺たちは近場の食堂に入ってルインを囲んで座っていた。
野放図にルインが注文した大量の料理が運ばれてきて彼女の血色が良くなり、ついでに支払いを任されたアリアライトの顔色が反比例的に悪くなっていくのを若干申し訳ない気持ちで眺めながら、俺は頬杖をついて口を開く。
「それで、君の腹も膨れてきたところでいい加減に本題に移りたいんだが」
「むぐむぐ。ほほはへひ、ほほひほはひは?」
「典型的な小ボケはやめてくれ、食いながら喋られてもわからん」
そう俺が返すと、両手に握りしめた串焼きを名残惜しげに皿に置いて――ルインはソラスとアリアライトを順に見つめて再度口を開いた。
「話す前に、このひとたちは、だれ?」
「私はソラスと言います。ええと……そうですね、ウォーレスさんの……なんていうんでしたっけこういうの。教え子じゃなくて、生徒っていうのもちょっと違くて……そう、奴隷!」
「一番遠いところに着地するんじゃねぇ。弟子だ」
「弟子と言ってくれるんですね、ウォーレスさん」
ああ言えばこう言う。
そんなソラスの誤解を招きすぎな発言のせいで周囲の客が胡乱な目つきでこちらを見てきたり、ルインも若干不信感に満ちた顔で俺を見つめていたりした。勘弁してくれ。
「彼女は、俺が今仮住まいにしてる宿屋の娘さんで……初心者冒険者だから俺が少しだけものを教えてるんだよ」
「へぇ……。じゃあ、そっちのおっきいおっぱいは」
「ふぇぇ……おっきいおっぱい……?」
「ド直球で失礼なあだ名をつけるな」
驚きと羞恥で顔を赤くしながら、アリアライトはうつむき加減にぽつぽつと自己紹介する。
「アリアは、アリアライト……鉄鹿騎士団の、従騎士……」
「鉄鹿、騎士団……伯爵のところにいる、騎士団?」
「そう、だけど……」
そうアリアライトが返すと、ルインは表情を険しくして俺を見る。
「……この人には、聞かせないほうがいいかもしれない」
「な、なんで……?」
怯えた顔で問うアリアライトに、ルインは眉間にしわを寄せたまま、
「あなたの、雇い主に関わるはなし、だから」
「雇い主……それって……」
それ以上は言わず、アリアライトはしばし沈黙して。それからルインを見返すと、静かに首を横に振って再び口を開く。
「聞かせて、ほしい。アリアは……ウォーレスさんに恩がある。だから、ウォーレスさんの知り合いの貴方のことも、助けたい」
気弱な彼女にしては珍しく、どこか芯の強さを感じさせるその声音に。ルインは俺を窺い見て、それから難しい顔で目を閉じると、ゆっくり頷いた。
「……わかった。じゃあ、話す。でも周りに聞かれると、よくないから――」
「場所、移すか?」
「必要、ない。こうする」
そう言うや彼女は軽く指をぱちりと鳴らして。瞬間周囲の喧騒が、ふっと消えた。
突然のことに、ソラスは辺りを見回して目をぱちくりさせる。
「なな、なんですかこれ?」
「【静寂】の魔法の応用。わたしたちのまわりに、音を遮断する結界を張った。だからわたしたちの話は、外には聞こえない」
「はぇー……。そんなこと、できるんですね」
「わたしだから、できる。わたしはえらいから」
えっへん、と無表情のまま胸を張った後、ルインは再び神妙な顔で俺たちを見回して続けた。
「それで、本題。結論から言うと、わたしは……あのお城に閉じ込められていた」
「お城って……伯爵のってことか?」
訊き返す俺に、頷くルイン。
「わたしだけじゃない。たぶん、エレンやゴウライ、ラーイールも……あそこにいまも、閉じ込められてる」
「それって……伯爵が、貴方たちを……?」
「たぶん、そうじゃない」
震える声で問うたアリアライトに、ルインはそう言って首を横に振った。
「わたしたちは……伯爵からの秘密の命令を受けて、この街に来たの」
「秘密の、命令?」
繰り返す俺に、ルインはやや間を置いた後にこう続ける。
「魔王を復活させようとして、暗躍している人間がいる。伯爵は、その勢力の情報を掴んだって……そう言っていた。だからエレンに頼んで、そいつらのことを調べてきてほしいって。だけど……」
うつむき加減で、彼女は沈んだ声で語る。
「……不意打ち、だった。お城で貸してもらっていた部屋で寝ていたら、急に襲われて――気付いたら、装備も全部取られて、牢屋に入れられていた。みんなのおかげで、わたしだけ逃げることができたけど……みんなは……」
それきり言葉に詰まって唇を噛むルイン。いつも無表情の彼女の、初めて見るような表情だった。
……こんな表情を、できることなら見たくはなかったが。
「……情報を、整理しよう。ルイン、君たちはあの城の中で襲われたって言っていたよな。じゃあ、つまり――伯爵が、君たちを罠にはめたってことなのか?」
そんな俺の問いかけに、けれどルインは難しい顔で首を横に振った。
「そうとも言えない。伯爵は、言っていた。『ひょっとしたら、自分の身近に首謀者が潜んでいる可能性もある』って。だから……わたしたちは伯爵の息子、キースの身辺を調べるつもりでいた」
「その矢先で、捕まった……ならたしかに、あの陰険そうなご子息が怪しそうですね」
そんなソラスの相槌に、ルインはこくりと頷いた。
「あの日も、そうだった。あいつはわたしたちに、言った――『余計な真似をするな』って」
そんな二人の会話に、アリアライトは難しい顔をして口元に手を当てる。
「……キースさん。あのひとのこと、クロムも、警戒してた。たまに変な連中と街の外で会ってるみたいだ、って……」
……その一言が、決め手だった。
「このことをすぐ、伯爵様に相談しましょう!」
そんなソラスの発言に、しかし俺は首を横に振る。
「ダメだ。まだ証拠はなにもないし、あいつが何を企んで動いているのか自体もよく分かっていない」
「でも……」
「だから、証拠を見つけに行こう。……案内してくれるか、ルイン」
そう言って向き直った俺に、ルインは目をぱちくりさせて。
「……手伝って、くれるの」
「今更何言ってんだよ。ここまで聞いて、はいそうですかって訳にもいかんだろ」
肩をすくめてそう返す俺に、ルインはやや困惑混じりの顔でこぼす。
「でも……わたしたちは、ウォーレスを」
「それは、それだ。もちろん俺も言いたいことは山程あるが、それはエレンの奴に言うことにするさ。だから今は、あいつらを助け出すのが先だ。違うか?」
そう告げた俺に、ルインはなおも、逡巡をその顔に浮かべて。
長い熟考の後に、静かに頷いて、俺が差し伸べた手を握り返す。
「……わたしが閉じ込められていた牢屋。あそこに行けばきっと、みんなを助けられる。……証拠も何か、見つかるかも。だから――」
「行き先はお城、ですね。やれやれ、見つかったら言い逃れはできませんね。アリアライトさんなんか特に」
「アリアは……うぅ」
口々に言うソラスとアリアライトに、俺は半眼で告げる。
「別に、君らは聞かなかったことにして帰ってもいいぞ。ソラスはともかく、アリアライトまで巻き込むのは悪いしな」
「私はともかくって言いました今?」
「うぅ……大丈夫。アリアも、一緒に行く。誰かが悪いことをしてるなら、それを正すのも騎士の役目……だから」
そんなアリアライトの言葉に、俺は「そうか」と呟いて。
「じゃあ、早速行くとしようか。……囚われの勇者様に、恩を売ってやろう」
そう宣言すると、皆を見回してもう一度、大きく頷くのであった。
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