【54】黒衣の襲撃者

「こりゃあまた、ドンピシャなところに飛び込んだな」


 軽口をこぼしながらルインの方へと近づくと、彼女はどうにも怯えたような、信じられないような顔で俺を見る。


「……ウォーレス。いったい、どこから……」


「見りゃ分かるだろ。降ってきたのさ」


「降ってきた、って。ウォーレス、いつの間にそんな……」


「話は後にしよう」


 そう言って言葉を遮ると、俺は黒衣の連中に振り返る。

 いきなり割って入ったを見て彼らはわずかに動揺したようだったが、すぐに統率を取り戻して横に広がり、各々に武器を構える。

 手に携えているのは暗殺者が好んで使う、ショートソード。無言のままその切っ先をこちらに向けて――先鋒がまず、一足を踏み出した。


「問答無用かよッ――」


 俺もまた手に【剣】を出現させると、一人目が繰り出した剣先を軽くいなす。と同時、二人目、三人目も両側から俺に向かって剣を振るっていたのを指先で白刃取ると、そのまま剣をもぎ取って双方に回し蹴りを食らわせる。

 くぐもった声を上げて壁に激突し、そのまま気絶した黒衣たち。だがそれを構う様子もなく次の三人が俺に向かって殺到し――しかし、


「――【雷撃】【どーん】」


 気の抜けた詠唱とともに、路地裏に閃光が降り注いで。俺に向かっていた三人はその豪雷の直撃を受けて、そのままそこでばったりと倒れる。


「流石、賢者さまだ」


「……」


 なんとなく釈然としない顔でだんまりを決め込むルイン。まあ、追放した相手に助けられている状況ではいい気分にもなるまい。

 肩をすくめながら、俺は残りの黒衣たちを一瞥する。

 残った黒衣は三人。あっさりと仲間たちが返り討ちに遭ったのを見て流石に尻込みしているのか、剣を構えたまま二人はじりじりと後ずさりして――けれどもう一人。武器も構えず、最初から一歩も動かずにじっと俺の様子を伺っていた黒衣が、そこで初めて動き出した。

 奴が腰から引き抜いたのは、細身のサーベル。ナックルガードに精緻な銀彫刻が施されたそれは、暗殺者が使うようなものとは趣が異なる。

 切っ先をこちらに向けた構えを取ると、黒衣は仮面で覆われた顔でこちらを見つめて――瞬間、その姿がかき消える。


「……!」


 否、正確に言えば、俺ですら消えたと錯覚するほどの素早い踏み込みだった。

 剣閃が鼻先ぎりぎりまで届こうとしていたところで俺は上半身を大きくのけぞらせてどうにかそれを避け、そのままの動きで後ろに転がって立ち上がりざま、すかさず降り注いだ第二撃を剣で弾く。

 弾かれてなお、けれど黒衣の猛攻は止まらない。凄まじい速度で繰り出される突きをかろうじていなしながら、俺はその腕前を見定める。

 ……こいつ、相当の手練だ。それだけでなく、剣術も――俺みたいな野良剣術じゃない、ちゃんとした筋で学んでいるものに相違ない。

 そこまで見て取って。だからこそ俺は、ひとつハッタリを効かせることにした。


「……なあ、あんた。ただの安いチンピラやごろつきじゃないな? 何者だ」


「……」


 答えず、ただこちらの隙をじっと窺い続ける黒衣。俺もまた構えを解かないまま、口だけ動かし喋り続ける。


「何でこの子を狙う。誰に差し向けられた?」


 そんな俺の言葉にその時、黒衣はわずかに肩を動かした。


「……『何故、狙う』? 俺たちが、そのガキを狙っていると?」


 仮面越しのくぐもった声で呟く黒衣に、俺は眉をひそめて。

 するとその時――黒衣は何を思ったか剣を納めると、後ろの黒衣に手で指示をする。

 倒れた黒衣たちを起こして、あるいは起きないものは担ぎ上げて。彼らはこちらに背を向けると……


「そうか。お前は、じゃあないのか」


 そんな言葉だけを残して、どうしたことか、黒衣たちはそのままその場から立ち去ってしまった。


 残された俺とルインは呆然としたまま、しばらく構えを解かずに警戒を続けて――けれど【事象視】で確認しても本当に連中が立ち去ったらしいことを把握すると、俺は剣を腰に収めてルインに向き直る。


「……大丈夫か、ルイン」


「……助けなんて、いらなかった」


「ああそうかい。そりゃあ余計なお節介で悪かったな」


 そう肩をすくめながら呟いた後で、けれど俺は彼女から視線を逸らさず、こう続けた。


「……だが、あいにくとここ最近の俺は余計なお節介焼きの星の下にあるみたいなんでな。訊かせてもらうぜ――何があった。君はどうして、追われている。……エレンたちは、どこ行った」


 そんな立て続けの俺の質問に、ルインは目をぱちくりさせて。

 それからわずかに目を泳がせて逡巡した後――こくりと小さく頷いて、口を開いた。


「…………エレンたちは、捕まってる」


「……何だって? そりゃあ一体、何で……」


 さらに追及しようとする俺に彼女は首を横に振って。


「ぜんぶ、話す。知ってることは、多くないけど。でもその前に――」


「その前に?」


 俺が訊き返すと同時、彼女のお腹がひときわ大きな音を立てて鳴く。


「…………おなか、すいた。おかね、もってない」


 何か食わせろ、と。そう言いたいらしかった。

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