【53】伯爵の守る街
騎士団の演習を見学した後。夕日が赤光で空を染め始めた頃に、俺たちは城下の街を見て回っていた。
是非街を見ていって欲しい、という伯爵からの要望ゆえだ。案内役として、引き続きアリアライトも同行している。
もうすぐ夕食時というのもあって特に賑わいつつある市場街を進んでいると、ソラスが目を輝かせながら辺りをしきりに見回しては「すごいすごい」とはしゃいでいる。
マセた言動も多い彼女だが、こういう時は年相応で微笑ましいものだ。そんな彼女を目で追いながら、俺もまた街の賑わいに素直に感嘆する。
「大したもんだな。レギンブルクもなかなか賑わってる方だと思ってたけど、段違いだ」
そんな俺の言葉に、隣を歩くアリアライトがこくりと頷く。
「このガードリーの街では、伯爵様が商売事に手厚い援助をしてくれるから。だから大勢の行商の人が集まって、それでさらに人が集まる……んだって」
「なるほどな。物資が集まるところに、より人も物も集まるってか。当然っちゃ当然のことだが……それにしても大したもんだぜ」
感心する俺に、アリアライトはもう一度頷いて、「それに」と続けた。
「この街は……何よりも、安全だから。だから皆、安心して商売ができるんだと、思う」
「安全……。確かに、あれだけの防壁で囲まれてればちゃちな魔物が入ってくる心配はまずないしな」
言いながら俺は遠く、街の外周の方にぼんやりと見える背の高い壁を見やる。
それは単なる街の外壁と言うより、もはや要塞や城壁のようだった。
「あの壁は、伯爵様が戦争中に建造を進めたものなんだって。外から攻めてくる魔族軍から街を守るために造られて……実際に、何度も魔族の軍勢の攻撃をあれで凌ぐことができた、らしいの」
「なるほどな。そりゃあ人も、集まるわけだ」
戦後10年が経ったとはいえ、まだたったの10年だ。野良モンスターが街を襲撃したなんて話だってまだまだ珍しくもない。
そういう状況なればこそ、確固たる実績のある「安全」は交易商人たちにとって何よりも魅力的だろう。
……なんて、そんな少し真面目げな話をしているところに、「わーっ!」とソラスが素っ頓狂な声を上げる。
「なんだなんだ、いきなりうるさいぞ君」
「でもでもウォーレスさん、見て下さいよあれ! すっごいですよ!」
なんのこっちゃと見てみると、彼女が指差した先は市街中央部に位置する広場の一角。
そこには周囲の建物よりもさらに高い、巨大なやぐらが建てられていて――そこからは色とりどりの飾り布が垂らされ、風に吹かれていた。
「祭りの飾り付け……そういやそろそろ、精霊祭の時期か」
精霊祭というのは、各地を守護しているという土着の精霊に祈りを捧げ、その年の平穏と安寧を感謝する――そういう行事である。
大体時期になってくるとどこでも一週間程度の間お祭りが開かれて、その間は精霊様への目印として、こうして祭祀用のやぐらに色とりどりの飾り布が垂らされるのだ。
……歩いている間に、空は赤から濃紺へと変わりつつあった。薄い夜闇に覆われ始めた空の下、やぐらの上の松明に順々に火が灯される。
周囲の雰囲気も、夜を迎えて本格的にお祭りムードが漂いつつあり――広場の至るところでは吟遊詩人たちが陽気な音楽を奏で始めていた。
そんな光景を前に目をきらきらさせるソラス。……何度も言ってしまうが、やはりこういうところは年相応で微笑ましい。
「……いい街だな、ここは」
「うん。伯爵様のおかげ、だと思う」
俺の言葉に、隣でアリアライトはそう頷いて。
それから俺たちは広場の隅、裏路地へと続く路の入り口あたりで祭りの賑わいを見つめて――すると、そんな時のことだった。
「……ん?」
最初に気付いたのは、俺だった。どこかからかすかに、妙な足音が聞こえた気がしたのだ。
無意識に【事象視】を発動してしまっていたらしい。肩をすくめながらも俺は、引き続きなんとなく【事象視】を続けてその足音を吟味する。
今は祭りのさなかで、別に誰かが裏路地を走っていたところでそれがどうというわけではない。
だが妙だったのは……複数の足音が不自然すぎるほどに、統率がとれていることだった。
まるで何かを追うように、規則正しくも裏路地を駆け抜けていく何者か。
展開の仕方からして、ただのならず者の素人などではない。恐らくは荒事に慣れた連中だろう。
……恐らく、かかわり合いになればろくなことになるまい。知らなかったことにして見過ごすに限る。
限る……のだが。追われている側の足音をよくよく【事象視】で感じ取ると――その歩き方、動き方には覚えがあった。
ルイン。追われているのは間違いなく、彼女だ。
なんだって、あいつが。……いや、考えるまでもない。昨晩の一件からして彼女が何か面倒に巻き込まれていることは分かっていた。
今この街中で追われていても、何ら不思議なことはない。
……僅かの間、俺は逡巡した末。
「アリアライト。ちょっとソラスを見ててくれ」
「え? あ、うん……ウォーレスさん、どこに行くの?」
「冷えたから、ちょいと催してな」
「…………女子にそういうことを言うの、やめた方がいい……」
若干呆れたような顔で俺を見ながら「早く行ってきて」と言うアリアライトに頷いて、俺は踵を返して裏路地に入る。
探知すると、ルインの位置はそう遠くはない――どころかちょうど、家屋ひとつ隔てた場所を走っているようだ。
【事象視】によって集約された地形情報をたよりに俺は目の前の背の高い建物を見上げると、軽く助走をつけて一気に壁を駆け上がり、跳ぶ。
一瞬の浮遊感の後、俺は家屋を飛び越えて向こう側の裏道へ着地。
すると――
「……うぉー、れす?」
俺を挟んで対峙していたのは、ぼろぼろのマントを着たルインと。
そして彼女を追っていたであろう、漆黒の外套で身を包んだ数人の集団だった。
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