【52】鉄鹿騎士団
その翌日。迎えとして寄越されたアリアライトに案内されて、俺たちは朝から城内の演習場を訪れていた。
騎士たちに、俺の剣術の手本を見せて欲しいんだとか。剣術もへったくれもない、ステータスに任せただけの乱雑な技であることは自認しているのでそう言われても困るのだが……断るわけにもいかない。
中庭を抜けて、自室から見下ろせた広い演習場へと至る。その間、俺は昨日のことを考えはしたが……アリアライトにもひとまず言わずにおくことにした。
ルインは、何かを隠していた。
それが何かは分からないが――少なくとも彼女は、何かに巻き込まれている。
そして彼女が巻き込まれているということは当然、パーティメンバーである勇者たちも。
……状況は皆目見当もつかないけれど、とはいえルインが俺に「関わるな」と言ったのだ。
ならば……彼女たちのしていることに、深入りすべきではない。
俺はもう、彼女たちの仲間ではないんだから。
「……ウォーレスさん?」
投げかけられたアリアライトの声に、俺ははっとして苦笑を浮かべる。
「ああ、すまん。昨日はいいベッドでゆっくり寝たもんでな。まだ頭がぼーっとしてた」
「まるでうちの宿屋のベッドが寝心地悪いとでも言いたげですね。私が毎日丹精込めてベッドメイキングしていますというのに」
ぷくーっと頬をふくらませるソラスをなだめながら、俺は顔を上げる。
演習場では今まさに、若い騎士たちが模擬戦を繰り広げているところだった。
互いに一歩も退かぬ、技巧に満ちた打ち合い。剣戟が幾重にも響く中、やがて片方の剣が落ちて勝負は決する。
そんな真剣勝負を終えた後、片方の騎士が兜を脱いでこちらへと向き直った。
「どうかなぁ、ウォーレスさん?」
「あー……まあ、そうだな。無駄のない、いい動きだったよ。ええと――」
青みがかった色の髪の、綺麗な女性だ。……いや、女性と言うにしてはまだ顔立ちに幼さは残るのだが、自信に満ちたその表情が彼女を妙に大人びさせている。
こちらへと大股で歩いてくると、少女は胸に手を当て、綺麗な敬礼をしてみせた。
「クロム。クロムライト・ラングレン。この【鉄鹿騎士団】の団長をしている者よ」
快活にそう告げると、彼女は「ふふん」と鼻を鳴らして表情をほころばせる。
「あの『英雄』ウォーレスさんに褒めてもらえるなら、私の剣も捨てたもんじゃないわね」
「そんな大層なもんじゃないよ、俺は」
「へぇ、謙虚なのね。アリアちゃんの言ってた通りの人」
そう言っていたずらっぽく笑うと、彼女は次に練習試合を始めた騎士たちを眺めながら腕を組む。
対戦者は若い騎士と、そしてアリアライトだった。
「アリアちゃんが、この前はお世話になったって。ありがとうね、アリアちゃん、迷惑かけなかった?」
「ああ。彼女のおかげで助かったことだってあったさ」
「そうなの? そっか……そうなんだ」
少し口元をほころばせながら、クロムライトは試合中のアリアライトを見つめる。
剣と盾を構えて、おっかなびっくり打ち合う彼女。ただその動きは防戦一方で決め手には欠ける。
そのせいだろう、やがて徐々に体力を消耗し、そのまま盾を弾き飛ばされ――勝負あり。
そんな彼女を見つめて、クロムライトは「あちゃあ」とぼやいた。
「負けちゃった。でもよく頑張ったよね、アリアちゃんも」
あっさりとした様子でそう呟く彼女に、俺は問う。
「あんま、残念じゃなさそうだな」
「アリアちゃんは、いいんだよ。私がこうして団長として、しっかり頑張っていればね」
「……そういうもんなのか?」
「そういうもんだよ。というわけで」
そう言葉を区切ると、彼女は俺にくるりと向き直って手を差し伸べ、こう続けた。
「ねえ、ウォーレスさん。貴方とっても強いんだよね。なら是非、私と手合わせしてほしいんだけど……どうかな?」
「……いや、俺は……」
「大丈夫大丈夫。私が負けても、それで士気ガタ落ちしたりするほどうちの連中は根性なしじゃないから。それに――私、負けるつもりもないしね?」
そう返す彼女は、笑顔でこそあれその瑠璃色の瞳には闘志の輝きが灯っている。
それに……そこまで言われてしまっては、無下にするのも具合が悪い。
「……あんまり本気出さないでくれよ? 痛い目見るのはゴメンだ」
そう言って俺が立ち上がると、周囲の騎士たちから歓声が湧き上がった。
……本当に、あまり期待しないで欲しいのだが。そんなことを思いながら、俺は騎士の一人から手渡された剣――刃を潰された訓練用の品だ――を握って試合場に入る。
向かい合ったクロムライトの手には、同じような訓練用の剣が二本。どうやら二刀流が彼女のスタイルらしい。
「よっし、いくよ、”英雄”サン!」
そう彼女が告げると同時、試合開始の声が響いて。
ソラスやアリアライトが固唾を呑んで見守る中、俺とクロムライトの剣閃が交錯する。
軽鎧のみを纏い、俊敏なステップとともに右手の剣を振るうクロムライト。その一撃を俺は半歩身を引いてかわすと、そのまま突きを繰り出す。
振るっている剣は【天啓の枝】ではないが、さりとてその加護としての【力】ステータスの増強効果自体は依然として残っている。当たれば訓練用の剣といえどただでは済まないので、意識的に力を抜いて剣を振るうが――それゆえにクロムライトはあっさりとその一撃を見切ると、さらに踏み込んでもう片方の剣で足狙いの下段の一撃を続ける。
とっさにそれを跳んでかわすが、それも彼女は織り込み済みだったよう。返す右手の剣が俺を撃ち落とそうと振るわれて、俺は剣を引き戻しながらそれを受ける。
一撃は、そう重くはない。しかし両の手から繰り出される連撃を度重ねて受けているせいで、なかなか反撃の糸口は掴みきれない。
大薙ぎの一撃を振るいながら、俺は後退して距離をとって剣を構え直す。彼女もまた両手の剣をひょいっとジャグリングのようにして持ち替えて構え直すと、楽しそうに頬を上気させながら口を開いた。
「いい反応っ! さすが英雄サンだ、こりゃーもうちょっと本気出していこうかな!」
「本気じゃなかったのかよ……?」
「そりゃあね。でもそれは、英雄サンもでしょ?」
言いながら再びこちらへ疾駆するクロムライト。繰り出そうとする一撃は、右足を軸足とした左の一撃――かと思いきやそれはブラフ。
俺が構えに入ったところで、がら空きの左手めがけて振るわれたのは右の剣。
空気を切り裂いて襲いくるその一撃を、俺はとっさに指二本で挟んで止める。
「すっご! そういうことできちゃうんだ!」
刃を止められてなお歓声を上げて、クロムライトはあっさりと右手の剣を手放すと左の剣を両手で構え、そのまま再び一閃。
指で止めた彼女の剣を放り捨てるにあたって一瞬の隙を見せていた俺はそれに対応しようとして剣を引き――しかしその刹那、あえて俺はその一撃を受けることに決めた。
首筋目掛けて迷いなく届いた剣閃は、紙一枚程度のところで止まって。
けれどそれと同時、俺の剣刃もまた、彼女の腹に押し当てられていた。
それを見届けた審判役の騎士が、やや驚きを隠せない様子のまま、宣言する。
「……しょ、勝敗は……引き分け! 引き分けです……!」
模擬剣を引くと、俺はそれを駆け寄ってきた騎士に手渡して、小さく息を吐く。
そんな俺をじっと見つめて、クロムライトはほんの少しだけ不機嫌そうな表情で口を開いた。
「……何で、引き分けに? 貴方なら私の一撃を防いでから、反撃に転じられたんじゃないの?」
「そうだな。今の俺の全力なら、そうだろうさ。けど――
「……?」
首を傾げるクロムライトに背を向けて、俺は首を軽くさすりながら続ける。
「言っとくけど手を抜いたりはしてないぜ。それどころか、いい立ち回りの勉強になった――ありがとうな、騎士団長さん」
「…………」
そんな俺の言葉に、けれど彼女からの返事は、それきりなかった。
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