【51】思わぬ再会、そして。
意識を失っていたルインを、俺たちはひとまず脱衣所まで運んでやった。
……正確に言えば俺が一人で運んで、その間ソラスは顔を真っ赤にして石像の影に隠れていたのだがまあそれは瑣末事だ。
湯上がりの感慨もそこそこにとっとと服を着て、ソラスはルインに回復魔法を掛ける。すると彼女の全身にあった擦過傷や打ち身はものの数秒のうちに消え失せて、苦しげだったその表情も安らかなものに変わった。
穏やかな寝息を立てている彼女の額を撫でながら、ソラスは俺に向かって神妙な顔で向き直り口を開く。
「……ウォーレスさん。訊きたいことが」
「ああ、言われなくても答えるさ。その子は俺の知り合いで――」
「そっちじゃなく、なんでウォーレスさんがお風呂に忍び込んでいたのかということと、ついでに私のこの蠱惑的なぼでぃをまるで石ころでも見たみたいにガン無視しやがったことの2点についてなのですが」
「どうでもいいだろンなことは。1つ目は単純に俺の方が先に入ってたところに君が乱入してきただけだし、2つ目はむしろ俺が君の裸見て変な気を起こした方がヤバいだろ色々と」
「もちろんヤバいですしそんな目で見られたら2日くらいは口きかないと思いますが、それはそれとして何かしらこう反応も欲しいのが乙女心というものなんです」
「知らねえよ! っていうか今はそんな話してる状況じゃないだろうが!」
息を切らしながらそう突っ込む俺に、ソラスの方も「まあそうなんですけど」と至極冷静な調子で頷き返した。
「それで。さっき何やら言いかけてましたけど……こちらの方は、ウォーレスさんのお知り合いで?」
「ああ。……その、俺を追放した……勇者のパーティにいた……元仲間だ」
「なんと、こんな小さな子が」
小柄さだけで言えばどんぐりの背比べだが……とは言わずにおく。今はシリアスな話の最中なのだ。
神妙な顔でルインを見つめながら、ソラスがぽつりと口を開く。
「……だとしたらこの子も相当にお強いんですよね。だったらこの子は、なんでこんな怪我を……っていうかまず、ここガードリー伯爵のお城のど真ん中ですのに」
彼女の疑問ももっともだった。少し考えた後、俺はルインを見つめながら、
「……分からん。分からんがひとまず、部屋に連れて帰って休ませよう。こんなところじゃ――」
そう言いかけた、その時のこと。
「……それは、やめて」
か細い声でそう返したのは、横になったルイン本人だった。
無表情の彼女にしては珍しくつらそうに眉間のしわを寄せながら身を起こすと、俺にもたれかかるようにして彼女は言葉を続ける。
「誰かに、見られるのは、よくない。……だから、お城の、中は」
「どういうことだ? ルイン、君は一体何を言って……」
そう問うた俺の顔をまじまじと見つめて、どうやらルインはそこでようやく俺を俺と認識したらしい。
やや目を丸くすると、感情の読めない平坦な声でぽつりと呟いた。
「……ウォーレス。なんで、ウォーレスがここに?」
「それはこっちのセリフだ。俺たちは……まあ、色々あってこの城の持ち主、ガードリー伯爵のところに招かれたんだよ。ルイン、君は何でこんなところにいる? ……あんな、ひどい怪我まで負って」
そう尋ね返すと、彼女はその表情の乏しい顔にわずかに困惑を浮かべて、
「……だめ。ウォーレスには、言えない」
なんて、そんなことを言う。
「俺にはって……何でだよ。俺が――君たちの、足手まといだったからか? なら――」
「とにかく、ダメ。わたしに、これ以上かかわらないで」
短い、けれど有無を言わせぬ拒絶。
ルインは俺から視線を逸らしてふるふると腕を震わせながらどうにか立ち上がると、こちらと目は合わせないまま続けてこう呟く。
「……助けてくれて、ありがとう。ここまで来ればなんとか、魔法は使えるから――わたしの心配は、いらない」
「おい、待ってくれルイン。まだ話は……」
「さようなら」
そうぶっきらぼうに言うと同時、無詠唱での転移魔法が発動して彼女の姿はかき消えていく。
姿が完全に見えなくなる寸前、ルインはこうも、言葉を残した。
「……早く、ここからは出ていったほうが、いい」
かくして脱衣所には再び、俺とソラスだけが残されて。
「……ああくそ。何なんだ、一体……ッ?」
まるで状況も掴めないまま――俺はただ内心に渦巻く黒靄をどうすることもできず、そう誰にともなく吐き捨てるのであった。
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