【45】招待状

 物音を聞きつけてやってきたソラスの乱入のおかげで、すんでのところで俺は左手とお別れせずに済んだ。

 とはいえその晩は父親にめちゃくちゃお説教するソラスに付き合わされたのもあて、翌日すっかり寝不足の状態で俺は生あくびを噛み殺す羽目になっていた。


「すみません、ウォーレスさん。昨晩はうちのお父さんがご迷惑を……」


「いや、大丈夫だ……。でもありがとうな、君が割り込んでくれてなかったら本気で腕がサヨナラするところだった」


「お父さんにはちゃーんとよく言い聞かせておきますから」


「ほどほどにしといてやってくれ……」


 昨晩の3時間超えの説教は隣で聞いているだけでも辛かった。自分を監禁して腕を切り落とそうとした相手とはいえ同情してしまうくらいに。


『お父さんなんて大嫌いです! 一週間は私に話しかけないで下さい!』


『一週間も!? それは僕に死ねって言うのかいソラス……!?』


『話しかけないで下さい』


『ソラスぅ……。分かった、もう彼の腕輪を取り上げようとかは考えないから! だからせめて、半日にしてくれないかい……?』


『じゃあ一日だけにしてあげます』


『うぅ……』


 ……あの時の悲壮感ある顔は、およそ先代勇者とは思えないものだった。


「それにしてもソラス。君の親父さんがあの勇者ミザリだったなんて、何で早く言ってくれなかったんだ」


「それは……別に特に言いふらすようなことでもないですし。……それにお父さんも、昔の戦いの後遺症でだいぶ体が弱ってますから――変に勇者として期待されないように、あまりおおっぴらにはしないことにしてるんです」


「なるほど……」


 先代勇者にも色々と事情あり、らしい。


「それに、お父さんは……お父さんですけど、私の本当のお父さんじゃないですから」


 そう言えばミザリ自身も、そんなことを言っていた気がする。とはいえ深く踏み込むべきかどうか逡巡していると、ソラスが苦笑しながら続けた。


「ああ、すいません。別にそんな重い話ではなくて。たまたまお父さんが、焼かれた村で一人で生き残っていた私を見つけてくれて、こうして引き取って育ててくれた……らしいです。当時のことは全然覚えていないから、よく分からないんですけどね」


「そう、だったのか……」


 なんと返せばいいものか分からずただそう呟く俺に、けれど彼女はなんでもない様子で「それより」と話を移す。


「お父さんの言っていたこと……。ウォーレスさんのその腕輪、なんだか心配と言えば心配です。流石に腕ごと外すのはナシですけど、でも……」


 言いよどむソラスに、俺も……左腕に視線を落としながら、静かに頷く。

 先代勇者ミザリ。彼の行動は流石に突飛ではあったが、とはいえ彼の言った内容がデタラメであるとも思えない。

 勇者として、魔王を倒した彼。その彼がこの【腕輪】に対して何かよからぬものを感じているというのならば……手を打つべき、なのかもしれない。

 だが――無論それにも、一抹の迷いはあった。

 この【腕輪】と【剣】とを喪えば、俺はまた、ただレベルが高いだけの貧弱冒険者に逆戻りだ。

 そうなってしまえば俺を頼って依頼を出してくる人々や、あるいは冒険者ギルドの皆に……なんと言えばいい。

 何も持たなければ俺はまた、勇者パーティを追放された、あの時の俺に戻るだけ。

 それを俺は――それでも俺は、甘んじて受け入れることが、できるのだろうか?


「……ウォーレスさん?」


 心配そうに俺の顔を覗き込むソラスに、俺はかぶりを振ってぎこちない笑みを返す。


「何でもない。寝不足がたたったみたいだ」


「そうですか。……でしたら、お疲れのところで申し訳ないですけど、今朝ウォーレスさん宛にギルドの方がいらっしゃっていて」


「俺に? 何の用で」


「詳しいことは改めて直接お話したいと言っていましたけど、確か……」


 そう言って、少し沈黙を挟んだ後、彼女はこう続けた。


「……領主様からウォーレスさんに、ご招待が来ているとか」


 そんな彼女の告げた内容に、俺は少なからず驚く。


「……領主様が、って何でまた」


「私に訊かれましても。細かいことはギルドで説明する、って言ってました」


「そうか……。じゃあまたギルドに出向かないとか」


「せっかくなので、私もお供しますよ。なんだか面白そうですし」


「面白そうって、お前な」


 そんなやり取りの後、ソラスは宿屋の仕事を一段落させると言って食堂を後にする。

 そんな彼女を見送ると、誰もいなくなった食堂で俺はもう一度、左腕にはまった白い腕輪を見つめる。

 ……ミザリの言った話は気がかりだが、今はひとまず、後回しだ。

 自分に言い訳するようにそう胸中で呟いて、俺はゆっくりと、席を立った。

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