【44】荒療治?
「いやぁ、この歳で改めてそう呼ばれるとなかなか照れくさいな」
そう言ってはにかんだような笑みを浮かべる彼――ミザリに、俺はなおさら表情を険しくする。
「【勇者】ミザリ……隠遁して今はどこかの街でひっそりと暮らしてるって話だったが――本当に、あんたが?」
「うん。間違いないよ……と言っても、勇者の頃の装備は大体国王陛下に返しちゃってるから、証明する手立てはないんだけどね」
そう言う彼を、けれど俺は……ひとまず信用することにした。
今俺を縛り付けているこの拘束術式。少なくともこんなもの、一介の宿屋の主人にできる芸当じゃない。
だが……だとしたら。
「……つまりあんたは、魔王の装備とよく似たこれを……警戒している?」
「それだけじゃない。ウォーレスさん、君のことも正直言えば、怪しんでいる。いや、いたと言うべきかな――この前の中央遺跡での一件があるまでは」
そう言って俺を見つめながら、ミザリは続ける。
「魔王の着けていた腕輪とよく似たものを着けている男。そんな話を聞いて僕はすぐに、警戒した。けど――」
「けど?」
訊き返す俺に、彼は肩をすくめて小さく笑みをこぼす。
「何の得にもならないのにあのダンジョンの異変を解決するために奔走して、挙げ句あのアルノラトリアまで倒してくれた。何より、僕の可愛い可愛い娘が信用しているんだ――ここまできたら疑う余地なんてない」
「……その割には、何なら今も現在進行系で信用されてないように思えるがな」
「これは最低限の予防線って奴だよ。話が済んだらちゃんと解くから、安心してほしい」
信用していいんだか判然としない態度でそう言うと、彼は「それで」と言葉を継いだ。
「話を戻そう。君自身の人間性は、こうして話をした上でも信頼できると僕は踏んでいる。だからこそ……僕は正直に、頼みたい。【腕輪】と【剣】を、捨ててくれ」
そんな彼の言葉に、俺はしばし逡巡して。
それから正直に、首を横に振る。
「……それは、できない。いや、語弊なしに言うなら……そうしたいのは山々だが、外せないんだ」
そんな俺の言葉に、ミザリは指で輪を作って【鑑定】スキルで俺の腕輪を見て「ふむ」と唸る。
「……呪物か。しかもこれは相当に厄介だな、生半可な解呪じゃ外せそうにないな。……君は一体、これをどこで手に入れた?」
「この街の近くにあった遺跡だ。その奥の……棺みたいなものの中に納められていた」
「近くの遺跡……。あそこは領主の騎士団が調査を済ませていたはずだけれど、まだ見落としがあったのか」
ぽつりとそう呟きながら口元に手を当て思索するミザリに、俺はさらに続けた。
「あんたがあの勇者ミザリで、しかもソラスの父親だって言うなら俺だってあんたに協力したい。けど……これじゃあどうにもならんだろ」
そんな俺の言葉にミザリは困り顔で首をひねって……やがて、「仕方ない」と頷いてこう続ける。
「じゃあ、左手ごと落とすしかないか」
「……は?」
聞き間違いだろうか。目を瞬かせる俺の前で、彼は物置の中をごそごそと漁って一振りの長剣を引っ張り出す。
銘こそないが、かなりの業物だ。それを軽く振った後――彼は俺に向かってそれを突きつけ、淡々と呟く。
「こいつで、君の腕を切り落とす。……ああ、安心しておくれ。傷はすぐに塞ぐから」
「そういう問題かよ!?」
「どうかな。それについては僕としても、何とも言えないところだけれど」
そこで言葉を区切ると、ミザリはその目をわずかに鋭くして、
「……その得体の知れない腕輪が、魔王と無関係とも思えない。ただでさえ呪物なんだ、着け続けていれば君の体にも、何かしら害を及ぼさないとは言い切れない――ならここで、外してしまった方がいい」
「いや、そうかもしれんが……っ。壊したりとか、そういうのは無理なのか?」
「僕たちの仲間の【黒騎士】が全力の一撃を叩き込んでようやく壊せたような代物だからね。僕一人じゃ、多分壊すのは無理だ」
先代勇者一行の一員、【黒騎士】。人の身にありながら魔族たちと同じく闇の技を得て、破壊に長けた恐るべき戦士――そう語り継がれる人物。
確かにそんな人間がようやく壊せたような代物となると、そう簡単にやれるとは思えない。
「僕一人で君の腕を落とせるかは分からないけれど……これでも一応は勇者として、魔王を倒したことだってあるんだ。全力で、なるべく痛みのないように一撃で終わらせるよ」
困ったことに、冗談を言っている様子は全くない。
全身に、目で見えるほどの魔力と闘気とを練り上げて剣を構えるその姿はまさしく勇者のそれで。
ゆえに俺は観念して、腕を掲げてぎゅっと目をつぶる。
「いくよ、狙いが逸れるから動かないように。……奥義、【勇者斬り】ッ……――」
溜め込まれた剣気の全てが解放され、振り下ろされんとしたその直前。
「あぁもう、誰ですか物置でバタバタとっ……って、え……?」
突如割り込んできた声が、その場の全てを停止させる。
扉を開けて入ってきたのは、白いゆったりとした寝間着姿のソラスで。
そんな彼女は俺たちを見て、何度も瞬きしながら首を傾げる。
「……何をしてるんですか、お父さん、ウォーレスさん……?」
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