【46】従騎士、再び
「お待ちしておりました、ウォーレスさん」
冒険者ギルド、局長室。局長室とは言っても俺が使っているわけではなく、実質は今までと変わらずノルド氏の事務作業の場となっているそこで――ノルド氏はそう言って俺たちを迎え入れた。
ソファに座ると、俺は早々に話を切り出す。
「ソラスから聞いた。領主が俺を招待してるって……本当なのか?」
その問いにノルド氏は、神妙な表情で頷いた。
「はい。このレギンブルク周辺の一帯を治めている領主様……ガードリー伯爵からの封蝋付きの書状が、昨日届きまして。……私からお伝えするより、直接見て頂いたほうが手っ取り早いでしょう」
そう言ってノルド氏が手渡してきた、高級そうな羊皮紙の書状を受け取って視線を落とす。
すると、そこには――
「『レギンブルク冒険者ギルド支局長ウォーレス・ケイン。此度のレギンブルクでの動乱に際して街を救った英雄として、貴公には是非とも直々に褒賞を与えたい』……!?」
読み上げた俺に、隣のソラスはぱあっと明るい声を上げた。
「すごいじゃないですか、ウォーレスさん! 領主様から直接会いたいって言われるなんて……大変なことですよ!」
そんな彼女の言葉に、とはいえ俺は昨晩のことなどが引っかかっていて素直に喜べなかった。
これ以上話が大きくなってしまえば、どんどん後戻りできなくなってしまうのではないかと。……そんな妙な不安ばかり、浮かぶのだ。
「どうされました、ウォーレスさん?」
不思議そうに問うノルド氏に、俺は首を横に振る。
「いや、済まない。ちょっと考え事だ。……ところでこのガードリー伯爵ってのは、どんな人なんだ?」
尋ね返した俺に、ノルド氏は「そうですね」と間を置いて続ける。
「先ほども言った通り、ガードリー家というのはこの辺り一帯を治めている貴族の一門でして。かつての魔王戦役でも所領の騎士団を指揮して領地の防衛に心血を注いで下さった、大変素晴らしいお方ですよ」
「へぇ……」
その割にはこの街のダンジョン調査には人員を出し渋っていたようだが……まあ、戦争から歳月を経たとはいえまだまだ騎士団も手一杯なのだろう。
そう一人納得して、俺は再び書面に視線を落とした後、頷く。
「……ま、そんなお偉いさんに呼ばれたなら行くしかないか」
「ありがとうございます、ウォーレスさん。……僭越ながら、馬車の手配はもうついています。明日には出発できるかと」
「そりゃあありがたい」
ノルド氏と言葉を交わしていると、その時隣のソラスがぴょこぴょこと手を上げてみせた。
「あのあの、ウォーレスさん。それって私も一緒に行ったら駄目なやつですかね、やっぱ」
「……俺は別にいいが、どういうもんだろうな。向こうとしては招待客以外が来るのはあんまり歓迎しなさそうだが」
「ですかねぇ、やっぱり……。貴族のお屋敷、ちょっと見てみたかったんですが」
完全に観光気分だった。
肩を落とすソラスに、けれどそこでノルド氏が「ああ」と声を上げた。
「それなら、大丈夫だと思いますよ。ウォーレスさんの都合でお知り合いも同行してよいと、招待状に書かれていました」
「本当ですか!」
「そりゃあ太っ腹なことだな……」
まあ、それでいいのならば結構なことだ。ソラスも喜んでいることだし。
「なら、一緒に行こう。……って、宿屋はいいのか?」
「お父さんに、たまにはちゃんと働いてもらいます。昨日のことの罰として」
話がまとまったあたりで、ノルド氏が頷いて口を開く。
「それでは、行って頂けるということで……明日の朝には馬車をギルドの前に待たせておきます。伯爵様からのお迎えの方もまだこの街に滞在しておられるので、ご一緒されるかと」
――。
さて、そんなこんなで、その翌日。
うきうきしているソラスの隣で俺は、小さくため息を吐いていた。
「む、ウォーレスさんってば随分陰気臭いですね。老けますよ」
「うるせぇ。色々と悩みってものがあるんだよ、俺にも」
「おじさんでも悩むんですね」
「お前はおじさんを何だと思ってるんだよ……」
彼女と会話しているとどうにも気が抜けると言うか、緊張感がなくなるというか。ある意味今は、ありがたいことなのかもしれないが。
ほんの少しだけ気分が軽くなった気がして、俺は彼女と並んで冒険者ギルドへと向かって歩く。
朝方で、人もまばらな道沿い。ややあって見えてきたギルドの前には、ノルド氏の言った通り一台の馬車が停まっていて。
そして――その馬車の隣には、一人の騎士が立っていた。おそらくはその人物こそが、伯爵からの迎えなのだろう。
そう思って見ていると、ややあって向こうもこちらに気付いたのか、兜で覆われた頭をこちらに向けてきて。
そして何を思ったか、いきなり妙に親しげに手を振り始めたかと思うと、
「ウォーレスさぁぁぁん………お久しぶり、です………!!」
なんて、兜越しでくぐもった声を張り上げてくる。
何事かとぎょっとする俺とソラスだったが、ややあって先に気付いたのは、ソラスであった。
恐る恐るその騎士を指差して、彼女は声を上げる。
「……もしかして、アリアライトさん!?」
「そうですぅぅぅぅぅ…………アリアですぅぅうぅ………!」
言いながら兜を外して、中から出てきたのは見知った顔。
アリアライト――あの地下ダンジョンで一緒に戦った、従騎士の少女だったのだ。
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