【42】ウォーレス局長

「……局長? 誰が?」


「ですから、ウォーレスさんが」


「どこの」


「このレギンブルク冒険者ギルド支局のです」


 そんな確認の問答を繰り返した後。俺はしばらくの沈黙を挟んで――


「……いや、何で俺が?」


 どうにか吐き出したのはそんな問いであった。

 そんな俺に、ノルド氏は苦笑交じりに頷いて続ける。


「……そうですよね、突然こんなことを申し上げて、驚かれるのも当然です。ですが……これは今回の一件で私が出した答えなのです。貴方こそが、このギルドの長として今最も相応しいと」


「買いかぶり過ぎだぜ、そりゃあ」


「そんなことはありません」


 そう区切ると、ノルド氏は目の前のコーヒーカップを一口すすって続けた。


「ウォーレスさんは、この支局――いや、この街の功労者です。それだけでなく今回の一件で、今や多くの冒険者さんがたがウォーレスさんに注目している」


 窓の外から聞こえる喧騒に、耳を傾ける。にぎやかな冒険者たちの声。今回の一件を契機に集まってきた彼ら。


「……あの戦争から、10年。世界はいくぶんか平和にはなりましたが、とはいえ今回みたいなことがまたないとは限らない。そういう時に一番最初に皆のために動くことができるのが、我々冒険者――だからこそこのギルドがさらに発展していってほしいと、私はそう思うのです。だからこそ」


 そう言って、ノルド氏は俺に深々と頭を下げて、続ける。


「私はこのギルドの局長代理として……貴方にこの席を、正式にお任せしたいと思うのです」


 そんなノルド氏の言葉に……俺はやや少しの長考の後、頭をかいて口を開く。


「……あー、その。いきなり言われてもだな。まず局長って言っても、どういう仕事をすりゃいいのかとか俺は全然分からんぞ」


「それについては、ご心配いりません。細かな事務手続きなどは私がこれからも局長補佐として続けますから――ウォーレスさんは今まで通りに、冒険者としてご活躍頂ければ」


「それだけでいいのか?」


「ええ。言い方は少々悪いですが、お飾りのような役職と考えて頂いて結構です。それでも貴方が……【極限】のウォーレスが旗印となっているだけで、冒険者さんがたも皆、気合が入るでしょうから」


 そう言って、「いかがでしょうか」と改めて問うてくるノルド氏に、俺は――


「……すまん。一日だけ、考えさせてくれ」


 それだけ答えると、冒険者ギルドを後にして宿への路についた。


――。

「……で、すごすごお帰りになったと」


 宿に帰って事の顛末をソラスに話したところ、第一声はそんな、やや呆れたような一言だった。


「すごすごって。そうは言っても、君……いきなり局長だぜ? いくらなんでも階段すっ飛ばしすぎだろ」


「いいじゃないですか。ひなびた冒険者ギルドとはいえ、局長さんともなれば中央の本部からそこそこ手当も頂けるでしょうし」


 宿一階の酒場兼食堂。カウンターの向こう側で頬杖をつきながらそう返す彼女に、俺は仏頂面のまま唸る。


「簡単に言ってくれるなぁ」


「簡単じゃないんですか? だって細かなお仕事は引き続きノルドさんがやってくれるんでしょう?」


首を傾げるソラスに、俺は……左手にはまった腕輪をじっと見つめながら、ぽつりと続ける。


「……俺がこうやって色々とできたのは、俺の力じゃない。この妙な装備品のおかげだ。だってのに、そんなふうに良い目ばっか見るってのも、なんか違うだろ」


「何か問題がおありですか?」


「おありですか、って」


 言葉に詰まる俺を、ソラスはその大きな瞳でじいっと見つめながら続けた。


「確かに、ウォーレスさんの力は……ウォーレスさんご自身のものじゃないとも言えましょう。でも、それとウォーレスさんがやってきたこととは、関係のないことです」


「……そんなことはないだろ」


「なくないです。じゃあウォーレスさん、例えば今のウォーレスさんほどの力を、あの野盗みたいな連中が持っていたらどうなりますか?」


「……そりゃあまあ、手のつけられないくらいに面倒なことになるだろうな」


「ええ、そうです。きっと私のようにか弱くて可憐な美少女なんかはそりゃあもう力づくで表にお出しできないような目に遭わされてしまうでしょう」


 何なんだこの子のこの時折見せる底なしの自信は。思わず胸中でそう突っ込む俺であったが、構わず彼女は話を進める。


「でも、ウォーレスさんはそういうことはしていません。それだけの力を持っていれば、悪いことだっていっぱいできるでしょうに――ウォーレスさんはその力を私や街の皆、たくさんの人のために、使ってくれた。……それはその力があるかどうかに関係のない、ウォーレスさん自身の選んだ行動の結果でしょう?」


 そんな彼女の言葉は、ひどく無遠慮で。

 ……そして何より痛いほどに、真っ直ぐだった。


「うちのお父さんが、よく言っていました。『勇者の資格は力を持っているかどうかじゃなくて、力をどう使えるかだ』って。……だからウォーレスさんがそんなふうに後ろめたさを感じる理由なんて、何一つないんです」


 そんな彼女の言葉に。

 俺はただ、沈黙して――それからやがて、思わず笑みをこぼしてしまう。


「……はは。君は本当に、変な子だよ」


「んなっ!? せっかく珍しく褒めてさしあげたのに、なんですか――」


「ありがとう、ソラス」


 そう言って俺は席を立って。

 そして――所変わって再び冒険者ギルドのノルド氏のもとを訪ねて、彼に向かってこう返した。


「……遅れてすまない。あんたや他の皆がいいなら……俺に局長を、引き受けさせてくれ」


 ……かくしてこの日。

 めでたく、と言うべきかは分からないが――ともあれ俺はこのレギンブルク冒険者ギルド支局の局長へと、かくして就任することと相成ったのである。

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