【40】黎明殻アルノラトリア<4>

 絶叫を上げながらも右手だけで重斧を振り回すアルノラトリア。その反撃を受け流すと、俺は後ろに跳んで距離を取る。

 手に握った【天啓の枝】を見返すと、斬撃の瞬間に膨れ上がったあの真紅の輝きは鳴りを潜めて、再びぼんやりとした薄緑の燐光をその隙間から浮かび上がらせていた。

 そんな俺を睨み返しながら、肩口からどす黒い血液を垂れ流してアルノラトリアが吠える。


『て、めェ……一体何をした! 何で俺の【黎明殻】を破れた!』


「ちょいと、小技を使っただけさ」


 そう呟いて、俺は剣の柄を叩いてこびりついた血を落とし、続ける。


「【転化の一撃】。自分が食らったダメージの分だけ攻撃に上乗せして倍返しにするスキルだ――ちょうどお前のその鱗と、やってること自体は同じだな」


 己の感じた痛みを、衝撃を。受けた傷のその全てを剣に乗せ、相手に返す。

 「痛みを噛み締めろ」――メガミの言ったのはつまり、このスキルのことだろう。


「さっきお前さんに跳ね返された分、これで帳消しだ。次は――こっちから行くぜ」


 言いながら俺はスキル【万魔の書】を展開。頭の中に流れ込んでくる無数の魔法の中から再生魔法を選んで、自分に付与する。


「ソラス、リクト。悪いが君らからも【再生リジェネレイト】を掛けてもらえるか。なるたけ多い方がいいんでな」


「は、はい!」


 頷きながら俺に魔法を飛ばす二人。全身の生命力を活性化させる【再生】の魔法の淡い光が体中に浸透するのを確認しながら、俺は剣を構えてアルノラトリアへと駆ける。

 いまだ戸惑いから回復しきっていなかった奴に向かってすかさず一撃。光鱗に防がれるが、それはもはや想定の範囲内。

 全身を反撃の白光が灼くが、しかし何重にも付与した【再生】の回復力のおかげで受けた端から傷が塞がっていく。

 俺はその分のダメージを剣に乗せて、再びアルノラトリアへと振り下ろし――けれどその時、今度は複数の光鱗が重なるようにして俺の斬撃を受け止める。

 さすがに数枚重ねともなると先ほどのようにもいかない。力の反射が幾重にも俺に突き刺さり、打ち据えて――思わず気を失いそうになりながらも、俺は剣の柄をただ強く握りしめて、無我夢中で振るう。


「っ、らあぁぁああぁぁッ!!」


 己の攻撃を転化して放たれた反撃、さらにその反撃のダメージすらまとめてさらに転化しての一撃は、幾重にも重ねられた【黎明殻】の光鱗を真っ二つに引き裂いて、その内側にいるアルノラトリアへと至る。

 だが奴もまた、ただそれを傍観していたわけでもない。片腕だけで振りかざされた重斧が、俺の頭上から降り注ぎつつあって――


『死ねぇぇぇァ、クソ人間がぁああぁああぁァァァァ!!!!』


 ふたつの刃が交錯して、やがて動きを止めたのは、片方。

 残りの腕も斬り飛ばされ、返す刀で胸の中央を刺し貫かれたのは――アルノラトリアの方であった。


 すれ違うようにして奴の体に剣を突き立てたままの俺。そんな俺の耳元で、アルノラトリアが小さく嗤った。


『――かッ、ハァ。くそったれ、また、人間ごときに、負けるか。だが……』


 口惜しげな、怨嗟の籠もった呟き。けれど奴は口の端を持ち上げると、どこか呆れたように吐き捨てる。


『人間。てめェは何も分かっちゃいねェ。俺を殺したところで、お前は、どうせ――』


 それが奴の、最期の言葉だった。

 魔素となって消えてゆくその躯から剣を引き抜き、大きく肺の中の息を吐き出すと――俺はその場でどさりと腰を下ろし、剣を地に突き立て座り込む。

 そんな俺に、駆け寄ってきたソラスが心配そうな顔で声をかけた。


「ウォーレスさん、大丈夫ですか!? どこかお怪我は……!」


「大丈夫だ。君らの【再生リジェネレイト】のおかげで、こうしてピンピンしてるさ」


 そんな言葉を交わしていると、丁度周りの戦闘も一段落つき始めたらしい。

 あれだけいた強力なモンスターたちの大半は躯となって魔素へと分解され始め――そんな中でノルド氏が、その巨躯でもってのっしのっしと駆けてきた。


「ウォーレスさん! 先ほどの奴は、もしかして……」


「ああ、【十天】アルノラトリアだ……けど、安心してくれ。どうにか勝った」


「勝った……なんと!」


 そんな俺の返事に、ノルド氏は立ち上がると周りの冒険者たちに向かって声高に宣言する。


「皆、ウォーレスさんがあの【十天】を倒したぞ! この戦い、私たちの、勝利だ!」


 どっと沸き立つ冒険者たち。まだこれから第二層まで行って、ついでに深層への門の再封印もしなければいけないのだが……気の早い話である。

 苦笑をこぼすと、俺はそのままその場の芝生の上でばったりと横になり、目を閉じて口を開いた。


「なあ、ソラス。……すまんが、流石に疲れたから、ちょっと寝る……。後のことは、君に任せた……」


 【再生】の魔法は無尽蔵に傷を癒やせるほど便利なものでもない。あの魔法によって傷の治癒が促進される分、体力の消耗はバカにならないのだ。

 真っ暗な視界の中で、ソラスの声だけが上から響く。


「……わかりました。後は私たちで、なんとかします」


 そんな彼女の言葉に満足して、俺は少しばかりの休息をとることにした。

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