【39】黎明殻アルノラトリア<3>

 意識が飛んでいたのは、ほとんど一瞬だった。


「ウォーレスさん!!」


「……っ、はぁ……!」


 大きく息を吸って身じろぎすると、全身が軋むように痛い。

 何本か骨が逝ったか? そんなことを考えていた俺に、降り注いだのは回復魔法の青い光。

 するといくぶんか痛みが和らいで、俺は即座に身を起こして剣を杖に立ち上がる。

 前方では――先ほどよりもさらに深く抉れたクレーターの中央で、アルノラトリアが変わらぬ様子で腕を組んで立っていた。


『ほぉ、今ので死ななかったか。丈夫なモンだ――それともその【腕輪】のおかげかね』


 若干呆れすら混じったその言葉に、俺は口の中に残った泥と血とを吐き出しながら奴を睨み返す。


「何をしやがった、てめぇ……」


『何を? ……そうだな、知ったところで何ができるわけでもねェし、教えてやるか』


 そう呟くとアルノラトリアは手近な光鱗のひとつを、軽くその指で弾く。すると……きぃん、と無数に音が反響したかと思うと、奴の指に真っ赤な亀裂が走った。


『俺の【黎明殻】は、受けた衝撃を増幅させて相手に返す。つまりてめェが馬鹿力で斬りかかってくれば、その力がてめェ自身に降りかかるってわけさ――お仲間の強化魔法の分も、骨身に染みたろォ?』


「そんな……」


 愕然とした表情で、隣のソラスが俺を見る。そんな彼女の頭を軽くぽんと叩いて、俺は首を横に振った。


「君の強化魔法は、悪くない。……どっちみち今のは、あの野郎の手の内を見切れなかった俺のやらかしだ」


 そう告げると剣を正眼で構え直して、俺は肺の中の息を吐いて、吸い直す。

 いくぶんかはダメージが残っているが、ソラスたちの回復魔法のおかげで戦闘の続行に支障はない。

 だが……さりとてどうやって、あの光鱗の壁を抜けるか。

 先代勇者はあれを切り抜けたのだ。ならば無敵の防壁というわけではないはず。

 実際、先ほどの一撃はあの一枚だけではあるが、わずかに亀裂を入れることはできていた。

 もっと。もっと強力な一撃を叩き込むことができれば、打ち破ることも不可能ではないはず。

 だが、どうやって?


『お困りみたいですねぇ、ウォーレスさん』


 ……その時、頭上から降ってきた声に、俺は顔を動かさないまま胸中で返す。


「メガミ……あんたか。何の用だ」


『知りたいんじゃないかと思いまして。あの光の鱗の、破り方』


「知ってるのか」


 俺の問いかけに、メガミは姿を現さないまま『ええ』と呟く。


『知っているというか、今の貴方の持っている手札で使えそうなものを教えて差し上げようかなと思っただけですけどね』


「なんでもいい。何を使えばいいんだ?」


 そう彼女に向かって胸の内で問うていると、その時アルノラトリアが動き出した。


『おいおい、何黙りこくってやがるんだよ! ビビっちまったかァ!?』


 振るわれた重斧を剣でいなし続ける俺に向かって、頭上からメガミの声が響いた。


『彼の光鱗は、貴方のステータスでも破りきれない強固なもの。ですが……そういう時こそ、持つべきものはスキルです』


「つまり、俺のスキルの中に活かせるものがあるってことか!?」


『そういうわけです。ね、簡単でしょう?』


「ホントに簡単そうに言ってくれるなおい! で、何のスキルなんだよ!?」


 殺意に満ち満ちたアルノラトリアの連撃を受け、弾いて。そんな俺にメガミはこう続けた。


『今回は、教えないことにします。毎回私が助言してばかりではつまらないですしね、たまには自分で閃いてみて下さい』


「なっ……!?」


『まあ、ゆっくりとそのトカゲさんの攻撃でも受けながら……受けた傷の痛みでも噛み締めながら、考えてみて下さい』


 そんな言葉だけを残して、彼女の気配が消える。どうやら本気で去ってしまったらしい。


「……あんのメガミ……! ああくそ、やるしかないか!」


『何をブツブツ言ってんだよ、人間!』


 重斧の大薙ぎをしゃがんで回避すると、俺は下段からの一撃をアルノラトリアに向けて繰り出す。

 が、やはりその一撃もまた光鱗によって阻まれて――反撃の光波が俺の体を問答無用に叩きつけてくる。


「っ、がぁ……!」


『何度やっても変わらねェよ、人間!』


 そんな嘲笑とともにアルノラトリアの蹴りが腹を穿って、俺はその場でよろめきながら、メガミの言葉をぼんやりと反芻する。

 痛みを、噛み締めろ? 何を言ってやがる、あいつは――

 何も分からない、何も掴めない。ただ全身くまなく包み込む鈍い痛みに、俺は歯を食いしばって意識を集中させて。


 ……その時だった。俺の中に、閃きが生まれたのは。


 冒険者たちがおのおののスキルを初めて発現する時、彼らは皆その感覚を「閃き」と表現する。

 俺の場合はすでに発現しているスキルだが――それでもその使い方を、その名を、本能で今この瞬間、そんな「閃き」とともに理解した。


 手放しかけていた剣を握り直すと、俺はもう一度全身の痛みそれ自体に意識を集中させて。

 そして――そんなイメージとともに、俺はアルノラトリアに向かって一撃を繰り出す。


『無駄だッつってんだろォが!』


 そんなアルノラトリアの声と同時、剣先が光の鱗とぶつかって。

 そしてその刹那――剣身を覆う金属の隙間から真紅の輝きが溢れ出し、光の鱗を、叩き割る。


 刃は鱗を素通りして、アルノラトリアの左腕、その肩口を切り裂いて。

 宙に舞った己の腕を呆然と見つめて……それから一拍遅れて、まるで雷のようなアルノラトリアの絶叫が、辺りに轟いた。

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