【37】黎明殻アルノラトリア<1>

「……アルノラ、トリア……!」


『久しぶりだなァ、人間。あん時は寂しかったぜぇ、折角愉しめそうだったのに、いきなりいなくなっちまうからよォ――暇すぎて、あのクソッタレな封印をもう1個ぶち壊しちまった』


 そう言って奴が無造作に放り投げてきたのは、真っ二つに割れた魔素結晶であった。

 ……奴が封印を弱めたせいで、深層のモンスターがいよいよここまで這い出してきてしまったというわけだ。なんともはた迷惑な。

 重斧を軽々と回して肩に担いだアルノラトリアに、俺は剣先を向けながら睨み合う。

 すると――そんな張り詰めた空気を打ち破ったのは、弓弦がしなる音だった。


『あん?』


 放たれた一本の矢を空中で掴んで止めるアルノラトリア。とその瞬間、奴の握ったその矢が眩い光とともに爆ぜる。……炸裂魔術が付与されていたのだ。

アルノラトリアの姿が爆発と煙に覆われて見えなくなると、俺の後方から四人の人影が姿を表す。


「お前ら――」


そこにいたのはリクトと、そして彼の幼馴染の剣士――グラスたち一行であった。

 依然として不遜さを感じる笑みを浮かべながら、グラスは立ち込める爆煙を見て口を開く。


「へへ、あいつが例の【十天】とかいう奴なんだろ? 俺たちがぶっ倒して、たんまり特別報酬をもらってやる――だからオッサン、あんたらはさっさと奥にでも行ってろよ」


「お前……」


「ああもう、グラスは口が悪いな……! すいませんウォーレス教官。グラスは単に教官に借りを返したいだけみたいで……」


「おいリクト、てめえ余計なこと抜かしてんじゃねえぞ!」


やいのやいのと言い合う二人を前に、他のパーティメンバー二人もくすくすと笑う。

 そんな彼らに俺は、小さく頷いて返した。


「……分かった。でも油断するなよ、あいつは……」


「昔の魔王陣営の幹部、なんだろ? けど今の矢にはリッサの付与した上位爆破魔法が仕込んであるんだ。あの至近距離で食らえば――」


『食らえば、なんだって?』


 地の底から響くような声が、辺りに轟いて。

 グラスたちがびくりと肩を震わせて見ると――爆煙の晴れたそこには、傷一つない姿のアルノラトリアが立っていた。


『こんなチンケなゴミ魔法でこの俺に傷をつけられると思ったかァ? ……随分と、ナメられたもんだな!』


 怒気をはらんだ声でそう唸るアルノラトリアに、グラスは顔面を蒼白にして。


「……っ、くそぉおおおぉぉぉ!!」


 けれど手の剣を握りしめると――掛け声とともに、アルノラトリアへと斬りかかってゆく。


「グラス!」


 即座にリクトが放った強化魔法の光がグラスを包んで、そのままグラスはアルノラトリアへ向かって剣を突き出し――けれどアルノラトリアの方はというとその剣先を、避けようとすらしない。

 剣撃が、アルノラトリアの首をまっすぐに捉え。

 ……けれどその一撃は、硬い音とともに、止まった。


「なっ……」


 鱗の表面でぴくりとも動かない剣先をどうにか押し込もうとするグラスだが、けれどその刃先はそれ以上はまるで入っていこうとしない。


『おいおい、なんだそりゃ。攻撃してるつもりなのかァ?』


 そう呟いて口の端を歪めながら、アルノラトリアはグラスの剣を素手で掴み、そのまま握り砕く。

 そこからさらに身を捻っての回し蹴りがグラスの胴を直撃して、彼の体は宙高く吹っ飛び、そのまま転がる。


「グラス!」


「ぴーぴーうっせぇ……生きてるっての……! かはっ」


 強化魔法のおかげでいくらかダメージは軽減できていたのか、涙目で駆け寄るリクトにそう返すグラス。

 と同時、グラスのパーティの詠唱士とソラスが同時に魔法詠唱を完成させる。


「「【劫火よ】【炸裂せよ】【今】――!」」


 炎系の爆発魔法――さらに二重詠唱によって効果を増強されたその破壊の光がアルノラトリアの全身を包み、けたたましい爆音とともに大爆発を引き起こす。

 二人分、しかも【共闘の真髄】のバフで強化されたソラスの分も相乗しての一撃である、先ほどの一発とは比べ物にならない威力のはず。

 だが――


『ッはァ。ちったぁアツい一撃だったが、こんなもんか』


 立ち込めた土煙が晴れて、まず見えたのは……きらきらと黎明色に輝く無数の光。

 彼の体を包み込むように空中に浮かんだそれらは――鱗だった。


「【黎明殻】……アルノラトリアの、絶対防御の奥義……!」


 隣で呆然と呟くリクト。その名には、俺も聞き覚えがあった。

 【黎明殻】。前戦役のさなかに猛威を振るったアルノラトリア、奴の二つ名の由来ともなった、奴という存在を象徴する技。

 自身の周囲に張り巡らせた魔法の鱗によって魔法、物理にかかわらずありとあらゆる攻撃を無効化するというそのバカげた技によって奴は勇者によって倒されるまで、永らく『無敵』と称され続けてきたのだ。

 だが……


「それでも奴は、勇者に負けた。なら奴は、『無敵』じゃねえ」


 そんな俺の呟きを聞いて、自身の首筋をゆっくりと――忌まわしげにアルノラトリアは撫でて。


『は、は、ははは。ああそうだ、その通り……今でも覚えてるぜェ、あのクソ人間に首を取られたあの感触はよ。ああ、クソ、クソ、クソクソクソクソ……許さねェ。ムカつくことを思い出させやがってよ――』


 それから牙をむいて嗤うと、奴は憎悪のこもった瞳で俺を直視し、静かに続けた。


『ぶち殺す。てめェら全員の素っ首千切り取って、デュラハンどもの飾りにしてやるよ』


 瞬間――爆発のような土煙とともに、アルノラトリアが動いた。

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