【33】追放する者、される者<4>

「遅れてすまない。道すがらで、拾い物があったんでね――」


 そう言って剣腹を軽く拳で叩き、付着したアーガスの血を落とすウォーレス。

 腕を斬られて喚き散らすアーガスを尻目に、彼は唖然としたままのグラスに向かって振り向くと、ゆったりとした歩調で近づいてくる。


「ああそうだ、お前さん……安心していいぜ、お仲間は生きてる。狩人の方はぶっ飛ばされて結構な怪我だったが、応急処置はしといたから死んじゃいないはずだ」


「な、な、な……」


 声も出せずにただわなわなと口をひくつかせるグラスの前で、ひどく呑気な様子でそんなことを言うウォーレス。

 そんな彼の背後では――怒りで顔を歪めたアーガスが、左の拳を振り上げていた。

 ……が。


「まあ待てよ。今はそれどころじゃねえんだ」


 そう、ウォーレスがわずかに後ろを振り返って呟いたその刹那。

 怒りに満ちていたアーガスの目玉に浮かんだのは戸惑いと……あろうことか、恐怖の色。

 あの変異種モンスターが。何人もの熟練冒険者たちを返り討ちにしてきたアーガスが、今この瞬間――眼の前のこの冴えない男を、恐れている。

 そしてその「恐怖」を感じたのは、守られているはずのグラスも同様であった。

 ウォーレスの体から……否、そこにあるその存在感それ自体から発せられる威圧。

 アーガスと同じく、グラスもまたその威に肌で触れて、恐怖のあまり全身がすくみ上がるのを感じていた。

 【王の威気】。ただそこに存在するだけでパーティ外のあらゆる格下相手に恐怖を与えるスキル――それゆえに感じる畏怖であることを、グラスが知るよしもない。

 ……もっとも、この時点ではウォーレス当人も自覚はしていないのだが。


「おい」


「っは、はいっ!!!」


 口を開いたウォーレスに、乾いた喉で返事を返すグラス。

 そんな彼を見下ろして、ウォーレスはこう続けた。


「せっかくだ。お前さん、あいつを倒してみろ」


「…………は?」


「仲間がやられたんだ、仇討ちするのがパーティメンバーってもんだろ?」


 そんなウォーレスの言葉に、困惑したのはリクトもだった。


「ウォーレスさん、無茶です……!」


「まあ待てよ。俺は何も一人でやれなんて言ってない。……リクト、お前さんがサポートしてやれ。お前さんの支援魔法で」


「僕の……」


 呟いて己の手のひらを見つめるリクト。そんな二人を一瞥すると、ウォーレスはにぃっと笑って後方へと退いてゆく。


「支援術士の凄さ、見せつけてやれ」


 その一言が、決め手になった。

 リクトは決心したように短杖を握りしめると、尻もちをついたままのグラスに向かって告げる。


「グラス、やろう。僕が君を強くしてやる――だから君が、あいつを倒すんだ」


「なっ、は、嘘だろ……。てめぇなんかの支援で、なんとかなるわけ――」


「なんとかしないと、やられるだけだぜ」


 そうウォーレスが言葉を挟んで。とその時、ウォーレスの威圧に怯んでいたアーガスがようやく戦意を取り戻し始めていた。

 喪った右腕からぼとぼとと血を垂れ流しながら、荒い息を吐いて――アーガスは二人を見下ろし唸る。

 もう、迷っている時間などなかった。


「……くそ、くそ、くそ! リクトてめぇ、俺を死なせたら承知しねえぞ!!」


「当たり前だろ、僕は……君に指一本、触れさせないよ」


 そう言いながらリクトが立て続けに唱えたのは 【守護法儀プロテクト】【斬鉄法儀ブレイダー】【飛翔法儀ハイアップ】【加速法儀クロッカー】――防御、攻撃ともに引き上げる強化魔法の数々。

 それらを一身に受けたグラスに向かって、アーガスの左拳の一撃が振り下ろされる。


「くっ、そおおおおおおぉぉぉぉ!!!」


 先ほどウォーレスに曲げられた剣を構えて、自棄気味に拳を受け止めるグラス。彼本来のステータスであれば受け止めきれずに全身をミンチにされていただろうが、強化魔法による身体能力の底上げによってグラスはその太腕をがっしりと受け止める。


「マジか……うぉお!?」


 しかし立て続けに襲った振り払いによって横に吹き飛ばされ、グラスは空中に舞い上げられる。が、リクトの【飛翔法儀】――重力制御の支援魔法によって空中で体勢を立て直すと、グラスは無我夢中のままに曲がった剣をアーガスの目玉に突き立てる。


<ガ、グ、ガァァアアアアァアアアアアァァアァァ!!!!!>


 耳をつんざくような恐ろしい雄叫びとともに、激しく頭を振り回すアーガス。

 たまらず剣を手放して地に転がり、泥まみれになるグラスの前で――アーガスの全身が魔素となって、空気中に霧散してゆく。


 ……勝ったのだ。リクトの支援があったから、勝てたのだ。


 気が抜けてその場で再び腰を抜かすグラスを遠巻きに見つめながら、ウォーレスはリクトに向かって親指を立てる。


「やるじゃねえか。俺が手を出すまでもなかった」


 そんなウォーレスの言葉に――リクトは緊張の切れた笑みを浮かべながら、その場でぱったりと気絶する。

 

「……おいおい、四人も運ぶのかよ俺」


 こいつは骨が折れるな……と考えながら、倒れている二人を見下ろしてウォーレスは頭をかくのであった。

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