【31】追放する者、される者<2>
「僕もグラスもレギンブルクの生まれで、一緒に冒険者になったんですけど……僕は支援術士しか適性がなくて。それでもしばらくは一緒に組んでやってたんですけど、あいつはよその街の冒険者ギルドにスカウトされてしまって……」
しょんぼりしながらそう語るリクトに、俺は顎に手を当て相槌を打つ。
「一緒にそっちに移籍すりゃよかったんじゃないのか?」
「向こうのギルドが欲しがっていたのは、グラスたちだけで。支援術士はいらないって、そう言われたみたいなんです。それで僕はパーティから追い出されて……支援術士一人じゃどうすることもできないから、ギルドの局員になったんです」
「なるほどな……」
なんとも世知辛いというか、なんというか。
一通り話を聞き終えると、リクトは少し申し訳なさげに笑って続ける。
「……すみません、余分な話でした」
「いいさ。……その、なんだ。こうなったらどんどんレベル上げて、あいつらを見返してやろうぜ」
そう返すと俺は再び、辺りを軽くぐるりと見回す。
連中の姿はすでにない。ざっとそれを確認してから今度はまた、手近なところで闊歩していたサイクロプスに狙いを定める。
奴らは好戦的で人間も積極的に襲ってくる凶悪なモンスターだが、見た目に反して案外にその視覚での感知範囲はザルなもので耳もよくない。
なので低レベルのギルド局員たちが襲われるなどといったリスクも少ないため、レベル上げには丁度いい相手と言えた。
「それじゃあ、また隠れてろ」
「はい!」
リクトが茂みに戻っていくのを確認しながら俺は手近に転がっていた小石を取り上げて、サイクロプスに向かって投げつけようと――
……したその寸前に、サイクロプスが突如雄叫びを上げて怒り出す。
<ォォォオォォォオオオオォォ……!>
見るとその後ろ首には、一本の矢が突き立っていた。
矢の放たれたであろう方向を見る。木々が茂る森の中から撃たれたらしく、射手の姿は見えない。
だが……先ほどの顛末を考えると、これは。
「あいつらか……」
どうやらアレで引き下がってはくれなかったらしい。姿は見せず、こうして嫌がらせをしていく方向にシフトしたわけか。
一度他のパーティが手を出したモンスターを倒しても、冒険者カードの機能上、それは経験値として成長に変換されることはない。
つまりこうしてお手つきされてしまったら、いくら倒しても何の特にもならないというわけだ。
……とはいえ目の前で怒り狂うサイクロプスを放置しておくこともできず、俺は剣を構えて駆け寄るとその足の腱を斬り、膝をついたその首を一息に刎ねる。
魔素となって消えてゆくサイクロプスを見届けた後、俺は湖畔を見渡して頭をかく。
サイクロプスの個体数自体はそう多くない。精霊の一種である彼らは空間中の魔素が滞ってくると自然発生するため、待っていればじきにまた姿を現すだろうが――とはいえまたこういう小競り合いで骨折り損になりかねない。
面倒くさい連中に絡まれてしまったものだ。このまま張り合うのもひとつの手ではあるが……
「……仕方ない、場所を移すか」
この狩場は惜しいが、こんな余計な小競り合いで時間を潰していてもしょうがない。
後ろの局員たちに指示を出して、俺は狩場を変えることにした。
――。
……の、だが。
「…………あいつら……」
森の中を移動して、リクトに案内してもらった先。
木々の茂る中で見えたサイクロプスの縄張りで、再び狩りを始めようとしたところ――やはりまた、狙っていた敵めがけて矢が飛んできたのだ。
再び手負いとなったサイクロプスを処理した後で、リクトが申し訳無さそうな顔でこちらに頭を下げてくる。
「ウォーレス教官……すみません……」
途方に暮れた様子の彼に、俺もまた、大きなため息をついて首を横に振る。
「別に、君が謝る必要なんてない。悪いのは、あいつらだ」
そう話していると、噂をすればなんとやらと言うべきか。俺たちの前に、茂みをかき分けて彼ら――グラスのパーティが、姿を現した。
「おいおい、困るなぁ。俺らが先に手を出した獲物なのに、勝手に倒すなんて。マナーが悪いんじゃねーの?」
「……わざわざ追いかけてきてまで狩りを妨害する方が、よほど悪質に思えるがね」
「はぁ? それはこっちの台詞だぜ。お前らこそ、俺たちがせっかく場所を移してやったのに狩場を被せてきたんじゃねえか」
ニヤニヤしながらそう言ってくるグラス。……もはや怒りを通り越して、呆れてものも言えなかった。
そんな俺たちを見て満足したのか、再び森の中へと分け入っていくグラスたち。
「じゃあな、追放者さん御一行」
と、そんな彼らを呼び止めたのは、リクトだった。
「……待ってくれ、グラス! この狩場で狩りを続けるつもりなのか?」
「んだよ、なにか文句でもあんのか?」
「それは……その、ここはあんまりいい場所じゃないんだ。狩りを続けるにしても、他の場所のほうが……」
「は? そんなくだらねえ嘘で俺たちを追い払おうっての? 誰が信じるかよ」
リクトの制止を鼻で笑うと、そのまま踵を返して奥へと向かっていくグラスたち。
その背を見送りながら、俺はリクトに向き直って告げた。
「……どうする。これじゃあレベル上げにならんから、今日のところは引き返すか」
「そうですね……。すみません、ウォーレスさん。せっかく僕たちに付き合ってくださったのに……」
「気にすんな。……それじゃあ撤収だ。皆、帰還の呪符を――」
そう俺が言いかけた、その時のこと。
ひときわ大きなサイクロプスの怒号が森を揺らして――木々の中から無数の鳥が逃げていくのが見えた。
「……何だ、今の」
呟きながら隣を見ると、リクトが青ざめた顔で呆然としていた。
「ああ……どうしよう、だから言ったのに!」
「リクト? 何なんだ、今の声。普通のサイクロプスの鳴き声じゃなかったが……。さっきあいつらに何か言いかけてたけど、それと関係があるのか?」
「はい……。実はこの辺りは、狩場マップには一応書かれてはいるもののギルドとしては推奨していない場所で……」
「そりゃあどうしてだ?」
続けて問うた俺に、焦りをにじませた顔のまま、
「実は……この辺りは変異種のサイクロプス――『アーガス』の縄張りなんです」
リクトが返したのは……そんな答えだった。
「変異種……突然変異で凶悪化したモンスターか」
「はい。アーガスは、普通のサイクロプスなんて比べ物にならないほどに凶暴で、奴らと違って目や耳もいい。何人もの冒険者が討伐に挑んで返り討ちに遭ってるんです……」
そうリクトが説明するのと、ほぼ同時。再び禍々しい鳴き声が、木々の葉を揺らして響き渡る。
先ほどのそれとは少しトーンの違うその鳴き声に、リクトはさらに血相を変えた。
「今の鳴き声は、アーガスが獲物に狙いをつけた時のもの――このままじゃ、グラスたちが!」
そんな彼に、俺もまた頷く。
あんな連中とはいえ、流石に見捨てて行くのは寝覚めが悪い。
「……リクト、案内を頼む。あんたたちは先に街に戻っててくれ」
他の局員たちにそう伝えると、俺とリクトは森の奥へと分け入っていったのであった。
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