【29】ウォーレス教官と追放者たち
さて、そのさらに翌日のことである。
昼を少し過ぎた頃。俺は街の外、ソラスとドラゴ……トビヒハキオオトカゲ退治に訪れたあの森にいた。
木々に囲まれた中で、少しばかり拓けた場所。剣を構えた俺と相対するのは――凶悪な牙の生えた、見上げるほどの巨体の大イノシシが複数匹。
ワイルドボアと呼ばれる、魔素によって変質したイノシシのモンスターである。
レベルは40程度。この辺りにいるモンスターの中でも比較的強く、その気性の荒さからよく行商などを襲っているという困り物だ。
こちらを血走った目で睨みつけてくるワイルドボアたち。何故俺がこいつらとこんな状況になっているのかというと――
「う、ウォーレス教官、どうしましょう!」
後方から投げかけられた、おっかなびっくりの声。
茂みの中に隠れていたのは――冒険者ギルドの制服を着た20人余りもの若者たちだ。
ワイルドボアを見て涙目になりながら、彼らのうちの一人……線の細い金髪の青年、支援術士のリクトが口を開く。
「ええと、ええと、僕らは一体、何をすればっ……。ああそうだ、強化! 強化魔法ですね!」
「いいって。危ないから君らはとにかく目立たないようにしててくれ」
どうやら【共闘の真髄】の効果をよくよく見てみると、「一人一人に自分のステータスの1/10を加算する」のではなく、加算値はパーティメンバーの人数で頭割りになるらしい。
どういうことかと言うと、昨日はソラスとアリアライトしかいなかったから彼女たちにそれぞれ9999の1/2ずつが加算されていたのだが……今日ここにいる局員たちは全員で20人あまり。一人あたりの加算値も9999の1/20となってしまうため、だいぶ恩恵は薄くなってしまうのだ。
そうなると彼らを矢面に立たせるわけにもいかない。そんなわけで彼らにそう返したちょうどその時。ワイルドボアの一匹がしびれを切らしてか、勢いよくこちらに突進してくる。
鋼板すら細切れにするというその牙を構えての突進を、俺は――剣を握っていない右手で牙を掴んで受け止めて。
「ほい」
そのままワイルドボアの巨体を上に向かって放り投げると、無造作に剣を振るう。
けたたましい鳴き声とともに腹を割かれたワイルドボアは絶命し、血を撒き散らしながら俺の後ろに墜落した。
その状況を前に、群れのワイルドボアたちはさらに鼻息を荒くして、一斉に雪崩のようにこちらに向かってくる。
俺は剣を構えながら――小さく肩をすくめる。
なんでこんなことになっているのか、そんなことをぼんやりと思い出しながら。
――。
きっかけは、昨日の帰り道。ソラスの提案した、こんな一言だった。
「ウォーレスさんの力で、冒険者ギルドの新人さんを育てればいいんです!」
つまりはこうである。俺が新人を大勢引率しながら強いモンスターを狩って、経験値を稼ぐ。そうして冒険者ギルドの新人たちを強化することで、5日後の大規模討伐に備えようというわけだ。
確かに今は戦力が必要な状況に変わりはない。かくして軽い気持ちで彼女の提案に乗ってノルド氏に話を持ちかけ、こうしてギルドの新人局員兼冒険者たちを集めて外に繰り出してきた……のだが。
ワイルドボアの群れを残らず斬り伏せて、俺は茂みに隠れさせていた彼らを呼ぶ。
「終わったぞ。もう安全だ」
そんな俺の言葉に局員たちは茂みから出てくると、隠していた荷車を引っ張ってきてそこにワイルドボアの死骸を積んでいく。
ソラスからの依頼で、「せっかくなのでワイルドボアのお肉を調達してきて下さい」と言われたのだ。……あいつめ、むしろこっちが狙いだったんじゃないだろうな。
ともあれ閑話休題。局員たちのうち一人……リクトに向かって、俺は声をかけた。
「レベルは上がったか、今ので」
「はい。12だったのが、今のだけで18になりました!」
そう言って目をキラキラさせながら、リクトは俺を見つめてほうと息を吐く。
「それにしても……すごいです、ウォーレス教官! これだけのワイルドボアをお一人で狩ってしまうなんて……。並の冒険者ならパーティを組んでいても苦戦する相手ですよ」
「そいつはどうも。……ちなみにその教官ってのはなんだ?」
「え、だってそうじゃないですか。こうして僕たちのレベル上げに付き合ってくださってますし……」
俺なんかが教官とは。何とも言えないむずがゆさを感じるが、まあ現状を考えればそうなるのか。
一応納得していると、リクトは少し困ったような笑みを浮かべながら皆の方を見る。
「ノルド局長代理からも聞いているとは思いますが、僕たちは皆パーティを追放された者ばかりで……。一人でレベル上げをしようにもなかなかうまくいかなかったから、本当にウォーレス教官には感謝してます」
他の局員冒険者たちの担いでいる武器を見る。皆杖や短杖、あるいは笛などの楽器類を持つものもいるが――その誰もが、リクトと同じ支援術士であった。
昨今の冒険者たちの間では、支援術士はどうやら軽視されがちな傾向があるらしいと聞く。
実際のところ彼らの強化魔法は強敵を相手取るにはかなり重要で、騎士団などでは重宝されているのだが……魔王戦役の頃ならいざしらず、今の時代の冒険者は身の丈にあったクエストで日銭を稼ぐ者がほとんどなので、そこまでの強敵と戦うことなどまずない。
それゆえに支援術士の適正を持って冒険者になってしまった彼らのような者は、何かと不遇な目に遭いやすいのだ。
「レギンブルクを守るためには、君らも貴重な戦力だ。……あと5日でどんどん育ってもらうから、覚悟しといてくれよ」
「はい、教官!」
……と、そんなやり取りの後で俺たちは次なる狩場へと移動することにする。
この辺りの森は所々に霊脈のたまり場があり、魔素の濃度が高い場所もちらほらある。そういった場所はモンスターが自然発生することが多くレベル上げの狩場としてもよく使われているため、冒険者ギルドでも狩場マップを作成しているという。
それを見ながら案内するリクトの後をついていき、鬱蒼とした木々の合間を抜けていくと――小さな湖の岸辺へと出る。
辺りには大の大人の背丈の3,4倍はあろうかという、一つ目の巨人が闊歩していた。
サイクロプスと呼ばれる、淀んだ魔素から生まれる悪しき精霊の一種である。
ざっと周りを見渡してみるが、他にレベル上げをしていそうな人影もない。こうした狩場ではしばしばパーティ同士がバッティングしてしまうこともあるので、注意が必要だったりするのだ。
「よし、じゃあまた行ってくるわ」
「はい、お願いします」
言いながら俺は手近に転がっていた木の枝を拾い、適当なサイクロプスに向けて投擲する。
ただの木の枝だったが全力で放り投げたため、分厚い緑がかった皮膚にも容赦なく突き刺さり――サイクロプスはこちらに向くとその手に握っていた倒木を掲げて威嚇の姿勢をとる。
俺も剣を抜いて、応戦しようとしたその時だった。
<ガァァァァァ……!>
突如轟音が響くと同時にサイクロプスの頭上から眩い閃光が降り注いで、その全身を紫電が迸る。
断末魔の声で空気を震わせた後、サイクロプスはそのまま全身を黒焦げにして土煙を上げて倒れ、魔素となって霧散した。
「なっ……?」
振り返ってリクトたちの方を見るが、彼らは全員で首を横に振る。こんな攻撃魔法を習得している者はいないはずなので、そうだろうとは思った。
なら、誰が? そう思っていると、向こうの茂みの中から声がした。
「あ? なんなの、あんたら。ここ俺らの狩場なんだけど」
そんな言葉とともに出てきたのは、3人の男女。
どこか軽薄そうな顔立ちの若い剣士と杖を持った女性、そして弓を担いだこれまた若い男の3人パーティだ。
そんな彼らを見て――後ろから、リクトが苦々しい声で呟いた。
「グラス……!」
……どうやらお知り合いらしい。それも、あまり良い感じではない方の。
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