【26】デュラハン

 ダンジョン内をゆっくりと闊歩するデュラハンを目の当たりにして、二人も――いや、俺も驚いていた。

 デュラハンと言えば、10年前の魔王戦役の頃に魔族によって生み出された魔法生物である。なぜそんなものが、ここに?

 そんな疑問が頭をよぎるが、とはいえ今は隠れていることが優先だ。俺はソラスとアリアライトとを一瞥すると安心させるように頷いて、それからデュラハンの方を注視して――するとその時、デュラハンの歩みが、止まった。

 何だ? 疑念を浮かべながら見ていると、デュラハンは丁字路でゆっくりと方向転換をして――俺たちのいる方へと、その体の向きを変える。

 何のつもりだ? そう思っているうちにしかし、デュラハンはこちら側に体を向けたまま……ゆっくりとその鎧を鳴らしながら、一歩を踏み出してきて。

 その手の大剣を振り上げたかと思うと――こちらに向かって、投擲してきた。


「っ、逃げろ!」


 言うと同時に二人を抱えて、俺は柱の陰から飛び出す。

 一拍遅れて、背後から柱が砕ける轟音が響いた。


「誰も物音も立ててなかったのに、なんで……!」


 ソラスの困惑に、俺はそこで理解する。

 ――生命力探知。アンデッドなどの存在は、命あるものの存在を自動的に感知して襲う習性を持つが……おそらくはこのデュラハンもまた、同じなのだ。


「こいつは多分、俺たちの生命力を視て追ってくる! ……ここで戦うしかねえ」


 柱に突き刺さった剣を引き抜いて、ゆっくりとこちらを向くデュラハンに――俺たちは覚悟を決めて相対する。

 アリアライトもまた、背中に背負っていた盾と片手剣とを構えてデュラハンに向き直っていた。

 アリアライトは防御に秀でた騎士系のクラスであるが……とはいえ相手はレベル90。勇者ですら一人で相手するのはきついだろう、ましてや彼女では、一撃だって受け止めきれるか。ソラスに至っては、もはや言うまでもあるまい。

 ……となると、作戦はひとつしかない。

 二人に攻撃が及ぶ前に、俺が片を付ける。


 腰に提げた白剣――【天啓の枝】を引き抜きながら、俺は真直線にデュラハンへと駆ける。

 豪腕からの大剣の一撃が俺めがけて振り下ろされるが、【敏捷】1+99990の俺からしてみれば止まって見える。

 空を切ってそのまま床を抉った大剣の剣腹に飛び乗ると、俺はそのままデュラハンの頭上(頭はないのだが)に跳び、鎧の内側目掛けて剣を突き込む。

 デュラハンを動かしているのは、その鎧の内側に仕込まれた魔導フレームである。

 それが破壊されれば、奴らはもうただのガラクタに過ぎない。


 剣先がフレームを砕く手応えを感じて、俺がほっと一息ついた……しかしその時だった。


「きゃっ……!」


 後ろから声がして、振り向くと――そこには3体ものデュラハンがいて、ソラスを片手で掴んで持ち上げているのが見えた。


「っ、いつの間に……!?」


 近づく気配すらなかったのに、何故。しかしそんなことを考察している余裕はなかった。

 ソラスを助け出さねば……そう俺が思うよりも早く、動き出したのはアリアライト。

 だが彼女のレベルでは、デュラハン3体はおろか一体だって相手取るのは無謀――


「アリアライト、無茶だ!」


 俺がそう告げるのも聞かず、ソラスを助け出そうと盾を構えて走るアリアライト。

 そんな彼女に3体のデュラハンたちの剣が一斉に降り注いで――けれど、無惨な光景が広がることは、なかった。

 アリアライトの掲げた盾が、デュラハンたちの剛撃のことごとくを、受け止めていたのだ。


「……え……?」


 受け止めた本人すら、それは意外であったらしい。ぽかんとする彼女にデュラハンたちはもう一撃を食らわせようとするが、それよりも俺が動く方が圧倒的に早かった。

 【影歩】。移動系スキル【瞬歩】の高位版……影から影へと移るように一瞬のうちに敵の背後へと駆ける神速の足捌きでデュラハンたちの後背に至ると、俺はそのまま剣を振るう。

 【力】1+99990のステータスから繰り出された剣撃の前には、彼らの重厚な甲冑すら意味を成さない。紙切れのようにデュラハンたちを切り裂くと、そのまま落ちてきたソラスを片手でキャッチしてやる。


「危なかった……」


 ほっと息を吐くと、俺はまだ目をぱちくりさせているアリアライトに向かって親指を立てた。


「ありがとうな、君のおかげでソラスを助けられた。大したもんじゃないか、デュラハンの攻撃を受け切るなんて」


「アリアも、何で防御できたのか、わからない……。なんだか体がふわっとして、あったかい力が、流れ込んでくるような感じがあって……。なんだかヘンな感じ」


「強化魔法かなにかを掛けたとか?」


「ううん……でも、たしかに何か、掛かってる……?」


 そう呟きながらアリアライトはステータス表示を空中に投影させる。

 彼女の現在の体力値などが数値化された欄の上、状態異常などが表示される部分に――【共闘の真髄】という文字があった。


「これって……ウォーレスさんのスキルに同じ名前のがありましたね」


「ああ。そういやまだ効果とかは調べてなかったが――」


 言いながら俺もスキル一覧を表示して、同名のスキルに触れる。すると冒険者カードによって解析されたスキル内容が、新しい画面で表示された。


「なになに、『パーティメンバーのステータスに自身のステータスの1/10の数値を一時的に加算する』……?」


「なるほど、それでアリアライトさんのステータスが強化されてたんですね……。ということは私も?」


 自身のステータス表示を開いて感嘆の声を漏らしているソラスはひとまず置いておいて、俺はアリアライトに向き直る。


「……ま、それはそれとしても。先に動いてくれてありがとうな、アリアライト」


 俺のそんな言葉に、彼女は目をぱちくりさせて。


「……うん。えへへ」


 その顔をほころばせて、照れくさそうに微笑んだ。


――。

「……にしても。こいつらどこからいきなり湧いて出てきたんだ……?」


 床に転がったデュラハンたちの残骸を見下ろしながら、俺は首を傾げる。

 デュラハンは見ての通り鎧を纏っているため、そこそこ大きな音を立てながら歩くものである。それが3体も連れ立っていれば、接近にもっと早く気づけただろうが。

 そんな俺の疑問に、アリアライトが小さく手を上げて口を挟んだ。


「あの、その。ウォーレスさんが戦い始めたら、アリアたちの後ろ側に真っ黒な霧みたいなのが出てきて……そこから急に、出てきたの……」


「真っ黒な、霧?」


「そうそう、あんな感じに」


「あんな感じ」


 俺の背後を指差して呟いたソラスに、俺もまた振り返ると。

 そこには床から立ち上るようにして、真っ黒な靄が立ち込めていた。

 よくよく見てみると床のタイルには小さな魔法陣が光っていて、そしてその光は、デュラハンの骸が放つ光と連動している。

 その光景で俺は瞬時に予測をつける。要するに――


「デュラハンの感知に反応して、増援を送り込んできてるのか……!」


 瞬間、黒靄から無数のデュラハンたちが吐き出される。その数たるや1体や2体なんてものではない、辺り一面の床が光りだしては次から次へとデュラハンを吐き出しているのだ。

 こうなってしまってはもう、どうしようもない。いや、戦って勝つことはできるだろうが……それまで何体デュラハンが湧いてくるか分かったものではない。


「……くっそ、逃げるぞ!」


 そんな俺の言葉とともに。俺たちは一目散に、その場を突っ切って走るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る