【25】第二層

 アリアライトとともにダンジョン――見た目自体はひたすらに平原なのでどうにもしっくりこない表現だが――を進んでいくと、やがて俺たちの目の前に、奇妙な光景が広がり始めた。

 どこまでも続くかに思えた地平が、あるところから崩れて消え失せていたのだ。


「……こいつはすごい」


 舌を巻きながら、俺は断崖となった部分から下を見下ろす。

 辺りを包む青空は、下方のあるところまででぱったりと途絶えていて――その先には漆黒の闇だけが見えていた。


「ウォーレスさん、あちらに下へ降りる階段が」


 ソラスが指差した先……断崖の一部から、巨大な石造りの螺旋階段が下へと向かって伸びているのが見えた。


「改めて、妙なダンジョンだな……。何でこんな珍妙なコトになってるんだ、ここは」


 誰にともなく呟いた俺の言葉に、隣にいたアリアライトがおずおずと答えを返した。


「……聞いた話でしか、ないですけど。深層部分の封印の影響で、こうなったんだって……」


「封印の、影響?」


 繰り返す俺に、彼女はなんだか怯えたような顔のままこくんと頷く。何でこんなに怯えられているのだろう……と若干悲しげな気持ちにはなったが、ひとまずそれは置いておく。


「このダンジョンの深層にはとてつもなく強力なモンスターが眠っていて……そいつを封じ込めるために、この第一層の空間そのものを歪めて、書き換えたんだって言ってました……。だからここはこんな、ダンジョンっぽくない風景なんだって……」


「空間の書き換え、ねぇ……」


 そいつはまた、なんとも途方も無い話である。納得したようなよく分からないような気分のまま、俺たちはソラスの見つけた階段を降りてゆくことにした。


「この階段の下、第二層が封印の要になってるの……。最近はこの階層に深層の強いモンスターが出てきてるらしいから、それを確認しないと」


 アリアライトの言葉に、俺もソラスも気を引き締めてかかる。彼女の話を信じるなら、上の雑魚とは比べ物にならない強力なモンスターの出現も警戒しなければいけないだろう。

 長い階段を下ってゆくと……やがて辺りの風景は一変して、俺たちは石造りの長い通路へと降り立つ。

 開放的な空間であった階段とは一変して、ここはいわゆる一般的なダンジョンのように周囲を黒曜の壁に囲われた閉鎖空間だ。

 これが恐らく、このダンジョンの本来の姿なのだろう。


「ここが、第二層……この層のどこかに深層への門がある、らしいです」


「俺たちの目的は、この層に深層のモンスターが溢れていないか確認することだったか」


 俺の問いに頷くアリアライト。それを確認すると、俺は先頭に立ってダンジョン内部を進んでゆくことにする。

 ……勇者と一緒にいた時はいつも後ろをくっついて歩いていた俺が、先導する立場になるとはな。

苦笑しながら前を進みつつ、俺はアリアライトに声を投げかけた。


「それにしても、騎士団ってのは随分と忙しいんだな。いくら本調査前の下見と言っても、こんなダンジョンの調査を一人でやらせるなんて」


「それは……そのぅ。違うんです」


「違う? 何が」


「一人でやらせてって、私がクロ……団長にお願いしたから……」


 おずおずと言う彼女に、揃って首を傾げる俺とソラス。そんな俺たちの前で、アリアライトは落ち込んだような顔のまま続ける。


「アリアのおうちは皆騎士で、だからアリアも、騎士になれって言われてなったんだけど……スライムも倒せないような臆病者だから、いつも皆に助けられてて。だからこの任務で、アリアも頑張れるって皆に見せてあげたかった……んだけど……」


 言いながらどんどんしょんぼりしていく彼女に、俺は小さく肩をすくめて返す。


「……なるほどな。けど焦ってもしょうがないだろ、そういうのは。君の仲間は、それで君のことを責めたのか?」


「ううん……」


「なら大丈夫だ。……君のペースで追いついていきゃ、それでいい。俺たちの手助け付きじゃちょいと迫力には欠けるが、それでもこの調査を終わらせれば、それだけでも十分いい報告ができるだろ」


 そう告げた俺を、アリアライトはじっと見つめて。


「……うん。ありがとう、その……ウォーレス、さん」


 はにかんだようにそう呟くと、ぺこりと小さくお辞儀を返した。


「おや、私に続いてもう新しい女の子を手篭めにしようとしていますね」


「人聞きの悪いことを言うな」


「てごめ……?」


「ああ気にするな。ったくもう」


 くすくすと笑うソラスを横目に俺は小さくため息をつく。まったくこの子は。

 ともあれ今の会話で、緊張感がだいぶほぐれてきた感はある。気を取り直して前へと進もうとして――丁字路になった区画にさしかかったところで、俺はふと足を止めた。


「ウォーレスさん?」


 問うてくるソラスに指のジェスチャーで「静かに」と示すと、俺は周囲を見回して、壁際に並んだ柱の陰へと二人を引きずり込む。

 またソラスに妙なことを言われるかとも思ったが、俺の顔から冗談を言える場面でもないと即座に理解したらしい。三人でじっと息を潜めていると――ややあって丁字路の向こうから、「かしゃん」という音がした。

 鎧を着た騎士が歩いているような、金属音。柱の陰から覗き見たアリアライトがその姿に息を呑む。

 通路をゆっくりと歩いていたのは――首のない、大柄な金属鎧だった。

 身の丈は俺よりも頭2つ分は大きい。その身を包む甲冑は頑強そうな黒鉄製で、しかしそうとう傷んでいる。

手には巨大な、刃のこぼれたぼろぼろの剣を握りしめていて――びっしりと錆と、それだけではないどす黒い汚れがこびりついていた。その汚れが何なのかは、あまり考えたくはない。

 首のない、動く鎧。奴のようなモンスターを、冒険者は「リビングアーマー」あるいは「デュラハン」などと呼ぶ。

 ……レベルにして90はあるという、強力なモンスターだ。

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