【24】たったひとりの調査隊

 少女――アリアライトの名乗りに、俺は首を傾げた。


「……調査? 入り口の番兵さんの話じゃあ、騎士団からの調査隊はまだ来れてないって話だったが」


「騎士団としての大規模調査はまだだけど……代わりにその先鋒にって、アリアが選ばれたの……」


「スライムに追い回されるような人を、お一人でですか?」


「ひぅん……」


 ソラスの情け容赦の一切ない疑問に、アリアライトは肩をびくんと震わせて俯く。


「確かにさっきはその……あんな恥ずかしい目に遭いましたけど。でもでも、これでもそこそこには強いんですよぅ。ほら……」


 そう言いながら彼女がごそごそと取り出したのは、冒険者カード。それを覗き込んで、俺はふむ、と小さく唸る。


「従騎士レベル32か。確かに、腕に覚えはありそうだな。……だが、だとしたらなおさら、なんであんなレベル1のスライム相手に苦戦してたんだ?」


 俺の言葉に表情を暗くしながら(もともと暗かったが)、アリアライトはぼそぼそと口を開く。


「……その、スライムにはトラウマがあって……。昔、まだレベル1だったころに戦って、完全にすっぽんぽんにされたことがあって……」


「そうか……それはその、すまん……訊いて悪かった」


 暗い笑みを浮かべる彼女から視線をそらしつつ、とりあえず聞かなかったことにしながら俺は話を戻すことにする。


「ともあれ、それで来たけどスライムに阻まれて奥まで行けずに、逃げてきた……そんなところか」


「はい……。うぅ、まさかスライムがいるなんて……。どうしよう、これで帰ったらクロムちゃんに叱られる……」


 何やら色々と事情があるようで、意気消沈するアリアライト。そんな彼女をじっと見つめていたソラスが、やがて俺に向かって耳打ちしてきた。


「ウォーレスさん、ウォーレスさん。私たちでアリアライトさんの調査、手伝ってはあげませんか?」


「え?」


「なんだかかわいそうですし、それに……ここでもし異変が起きてるなら、早くに解決してもらわないとひょっとしたら何か街にも影響が出るかもしれません。……なんて偉そうなこと言っても、結局ウォーレスさんに頼ることになっちゃうんですけど……その、ダメでしょうか」


 そう言って困ったような表情でこちらを見上げるソラスに、俺はしばし考えた後、頭を軽くかいて息を吐く。


「……強いモンスターが下から出てきてるってあの番兵も言ってたしな。そいつらに他の新人冒険者が襲われてもコトだし、何なら君の言う通り、そいつらが街にまで行かないとも限らん」


 それだけ言うと俺はしょんぼりしているアリアライトに向き直り、しゃがみ込んで告げる。


「アリアライト。俺たちに深層の調査、手伝わせてくれないか」


 そんな俺の言葉に、彼女は意外そうな表情で顔を上げた。


「へ……? どう、して?」


「俺たちはこの街のギルド所属の冒険者だからな。このダンジョンで妙なことが起きてるなら、早く解決してもらいたいと思ってる。君の先遣調査がうまくいけば、騎士団の本隊も来てくれるんだろ?」


「はい……。でもでも、いいんですか……? アリアが言うのもヘンですけど、深層の近くはモンスターも強力で……」


「こう見えてもウォーレスさんはかなりお強いですから。こう見えても」


「どういう意味だ」


 にこにこしながら失礼なことをのたまうソラス。アリアライトは不安げな表情で俺の顔を見つめた後――決心したように深々と、頭を下げた。


「だったら、お願いします……」


「おう。危なそうならさっさと逃げてくりゃいいだけの話だからな、気楽に行こう」


 そう言って安心させようと彼女に向かって笑ってみせて。とそこで彼女ははっと我に返った様子で、再び岩陰へとそそくさ逃げてゆく。


「……ひぅ、すみません……できればアリアのことは一切視界に入れずにいてほしい……」


「無理を言うな無理を。……とはいえ確かに、その格好でまたウロウロするのも厳しいか。なら――」


 そう呟きながら俺は先ほど眺めていたスキル一覧を思い出して、そこにあったひとつのスキルを試してみることにする。

 【生成術・極】。このスキルに関してはコモンスキルの発展型であるから、見覚えもあった。簡単に言ってしまえば――他のアイテムの構造を組み替えて、別のアイテムに変化させるスキルである。


「ちょっとそこを動かないでいてくれよ」


 言いながら俺は手を、アリアライトの方へとかざして意識を集中させる。

 彼女の身にまとっているエプロン。その布と、辺りの草木のいくばくかを利用して――


「きゃあ……!?」


 彼女の体が、にわかに光に包まれて。

 その光が収まった頃には――彼女の服装は、最初に着ていた騎士服に戻っていた。


「すごい……。こんな高度な【生成術】を使えるなんて……」


「これで少しは、動きやすくなるだろ」


 そんな俺の言葉に彼女はこくんと頷いて、立ち上がり。

 そこでなぜか再び顔を赤らめると、太ももをもじもじさせながら呟いた。


「あぅ……その、服はできたけど、下着が……」


「あ」


 見ていないものや知らないものまでは生成できない。

 【極】級の生成術スキルにも、限界というものはあったようだ。

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